生石高原の麓から

かつて開設していた個人サイト「生石高原の麓から」の内容をブログ形式に移行しています

天狗岩 ~美里町(現紀美野町)初生谷~

 美里町も那賀郡桃山町に近い初生谷(ういだに)の滝の奥に、二重になった大きな岩がある。いまから300年ほど昔のこと。この岩が、村人たちの話題を集めた。「人のカでは、とてもあんな大きな岩は運べない。天拘が運んだんでは」「天拘が運んだのなら、転がすとまた元通りするはずじゃ」と話が進み、大勢の若者が滝の下まで転がしてしまった。

 

  ところが、夜になると大変な雷雨。村人は「たたりじゃ」と、こわがって外へ出ることもなかったが、「エンヤコラ、エンヤコラ」と、掛声だけが聞こえる。そして一夜明けると、大きな岩はなんと元通りになっていた。「あれはやっぱり天拘が運んだんや」「あの掛声は天拘やったんや」。村人みんなが恐れ、以来この岩を「天拘岩」と呼ぶようになったという。

 

(メモ:初生谷は海南と粉河町を結ぶ県道志賀野上線ぞい。約四キロ西に「真国(まくに)宮」がある。

(出典:「紀州 民話の旅」 和歌山県 昭和57年)

f:id:oishikogen_fumoto:20200913204641j:plain

天狗岩
  • 天狗岩は高さ約2.4メートルの巨石。 「天狗の遊び場」と呼ばれる岩塊の上にあり、一見すると今にも転げ落ちそうに見えるが、地元の古老によれば昭和南地震(1946)でもびくともせず、何百年もそのままで鎮座しているという。(わかやま新報 2012年02月15日18時30分配信記事)
  • 地方新聞「ニュース和歌山」で連載されていた「わかやま滝物語」において、「滝物語25 天狗棲んだ神々の座〜不動滝(紀美野町」の項に次のような記述がある。

昔、この滝上にある天狗岩という大岩に天狗が棲み、いたずら好きで村人を悩ませていた。そこで村人は総掛かりで一字一字経文をしたため、大乗妙典塔に納経した。そうとは知らない天狗は塔に入り、出られなくなった。大乗妙典は、衆生を迷いから悟りの世界に導く教えを記した経典だという。

  • 不動の滝」は、天狗岩から県道をはさんで反対側の位置にある。真国川の支流にある滝で落差は約30メートル。古くから守り神として地域住民の信仰を集めており、不動明王を祀る祠がある。

f:id:oishikogen_fumoto:20200913204050j:plain

不動の滝
  • 江戸時代後期に編纂された地誌「紀伊風土記」には「不動瀧」として「高十二間計(ばかり) 村の南端にあり大岩壁立して水倒下す壮観なり不動ノ社あり」との記述がある。
  • メモ欄中、県道志賀野上線は現在高野口野上線となっている。
  • メモ欄中、「真国宮」は「紀美野町真国宮」という地名であり、同地にある「真国丹生神社」の通称名でもある。真国丹生神社は、天文5年(1536)に高野山衆徒が発願して建立したとされる真国荘の総氏神
  • 平成28年(2016)、りら創造芸術高等専修学校紀美野町真国宮)で「地域デザイン」の授業を行う鞍雄介教頭と生徒たちが、納豆消費量が全国で2番目に少ない和歌山県において、真国川流域にのみ納豆作りの文化が根付いていたことを発見・発表した。これについて、納豆研究者である筑波大学人文社会系の石塚修教授は、「真国丹生神社には神事に納豆を作る文化があり、同様に丹生都比売命を祀る小椋神社滋賀県大津市)にも神事に納豆を作る文化が存在することから、神社の信仰と共に納豆食文化が伝播したと考えられる。」との見解を示している。(全国納豆共同組合連合会 第12回納豆健康学セミナー 2016年3月18日)

*****
本ページの内容は、昭和57年に和歌山県が発行した「紀州 民話の旅」を復刻し、必要に応じ注釈(●印)を加えたものです。注釈のない場合でも、道路改修や施設整備等により記載内容が現状と大きく異なっている場合がありますので、ご注意ください。