生石高原の麓から

かつて開設していた個人サイト「生石高原の麓から」の内容をブログ形式に移行しています

障子生え ~打田町(現紀の川市)神通~

 曲がりくねった県道を、ほぼ登りつくしたあたりに、庄司利一さんの家があった。

 ある日、犬鳴山の近くで狩りをした紀州の殿さま。途中、ひと息入れた農家で、近くの山のクンノキダキ(栗の木谷)というところに大蛇がすむ~と聞いて、にわかに冒険心がわきだした。

 

 しぶる主人の案内で山へ入ったところ、とてつもない大蛇が、口から火を噴きながら襲ってきた。それを見た殿さま、とたんに腰が抜けてしまい、主人に背負われて、ほうほうのていで逃げ帰った。そして曰く。「お前は命の恩人じゃ。何でも欲しいものがあればいえ」。そこで農家の主人。そばの障子の破れ穴を指さして「この穴から見えるだけの山を下さい」~。

 

 以来、その家を「庄司」といい、その山を「障子生え」と呼ぶようになったとか。 大阪府境に近い庄司さんの家と、その山とは目とハナの先。大蛇に代わって、砕石場の巨大なベルトコンベアーが、石を運んでいた。

 

(メモ:打田町打田から打田線へ入って約8キロ。途中、日本列島を横切る中央構造線の断層地帯がある。国鉄和歌山線打田駅下車。)

 (出典:「紀州 民話の旅」 和歌山県 昭和57年)

現在の神通地区(神通温泉

 

  • 神通(じんづう)は、紀の川市打田から大阪府泉佐野市大木(おおぎ)地区へ至る通称「犬鳴峠(大木地区にある「犬鳴山七宝瀧寺」の名称にちなむ)」の南側にある集落。「神通」の名称は、かつてこの峠道(大木越え)を神が通ったということに由来するという(池田村誌)。

 

    放送日:昭和63年(1988)11月26日
    題名:障子のあな
    ナレーション:常田富士男

 

  • 上記サイトによれば、そのあらすじは次のとおり。

 むかし和歌山に「神通(じんつう)」という村があって、この辺りから「ゆうらくさん」にかけては山が深く、鳥や獣がたくさん住んでいました。
 ある日、紀州の殿様がこの山で狩りをして、一晩泊って翌日和歌山に帰ることになりました。翌日、一行が麓まで降りた時、急にあたりが暗くなって生臭い風が吹いてきました。そうして身の丈20mもある大蛇が現れたのです。

 大蛇の目当ては狩りの獲物でしたが、驚いた家来たちは一目散に逃げて行き、殿様は馬から落ちて気を失ってしまいました。そうして、気の毒なことに、大蛇が去った後も助けに来る家来はおらず、殿様は一人置いてきぼりをくってしまいました。

 そこへ、神通村の樵の甚兵衛(じんべえ)が通りかかり、殿様を家に連れて帰って介抱したのでした。しばらくして、殿様は目を覚ましましたが、大蛇に驚いて馬から落ちて気絶して、家来に見捨てられた等ととても言えず、身分を隠したまま、体が治るまで甚兵衛の家に厄介になることにしました。

 何日かして殿様は和歌山に帰ることになり、甚兵衛は馬に殿様を乗せて送っていくことになりました。その時になって初めて、甚兵衛は殿様が殿様であることを知らされ、地面に這いつくばって非礼を詫びました。一方の殿様は、甚兵衛のこれまでの親切に深く感謝して、甚兵衛を連れて城に帰り、大変なおもてなしをしたのでした。

 そうして、殿様は甚兵衛に望みの物を何でも与えると言いました。すると、甚兵衛は障子にあいた小さな穴から見えるだけの山を下さいと言うたそうです。殿様はそれを快く承知しましたが、甚兵衛が帰った後、家来が障子の穴を覗いてみると、小指ほどの穴からのぞいた山はとんでもない広さなのでした。家来は大慌てしましたが、もう後の祭りでした。

 甚兵衛はその後、村一番の長者となり、障子の穴にちなんで「しょうじ」という性を名乗って一生幸せに暮らしたということです。
(投稿者:ニャコディ 投稿日時 2014/11/23 15:41)

 

  • かつて和歌山県が開設していたWebサイト「わかやまこども情報館」においても、「わかやまの民話」の一項目として「障子の穴」という名称でほぼ同様の物語が掲載されていた。

 

 

  • 和歌山県の地名 日本歴史地名大系31 平凡社」の「神通村」の項には次のような記述があり、当地の庄司家は中世から一定の力を持つ一族集団であったと考えられている。

集落北部にある浦上(うらがみ)神社は当村の鎮守で、「風土記」に「神領村の海神社と中三谷村の春日社とを合せ祀りて一村の鎮守となせる」とあり、池田庄公文(筆者注:くもん 荘園を管理する役人)より御供料所が寄進されている。またこの神社を奉じた庄司家を中心に、中世には浦上党という一族集団が組織されていた(庄司家文書)

 

  • 神通温泉は和泉山系では珍しい自噴性イオン温泉で、地球の自転にかかる大気の圧力と海の満潮時、干潮時、及び地球の自転する遠心力によって、泉水の色が濃くなったり薄くなったりするという。また、浸透性殺菌力を有する成分を有しているとも言われる。

 

 

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本ページの内容は、昭和57年に和歌山県が発行した「紀州 民話の旅」を復刻し、必要に応じ注釈(●印)を加えたものです。注釈のない場合でも、道路改修や施設整備等により記載内容が現状と大きく異なっている場合がありますので、ご注意ください。