生石高原の麓から

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小泉八雲の A living God について

(「紀州 民話の旅」番外編)

前項で小泉八雲ラフカディオ・ハーン明治29年(1896)に英語で記した「A Living God (生ける神)」という物語が、現在に語り継がれている「稲むらの火」の原典であると紹介した。

 稲むらの火 ~広川町天州~ - 生石高原の麓から

 

しかしながら、八雲が本来この物語で語りたかったことは、濵口五兵衛(7代目濵口儀兵衛がモデルとされる)の功績を世に知らしめることよりもむしろ、「日本社会における『』のあり方は、西洋の『God』とは大きく異なっている」ということであったと思われる。

そこで、英語の原文をもとに、八雲が日本の「カミ(神)」や「ミヤ(宮)」、「ヤシロ(社)」についてどのように理解した(あるいは、しようとした)のかを追っていきたい。(英語版のテキストは、濱口光生氏が運営するWebサイト「稲むらの火」に掲載されたものを参照した。なお、翻訳は筆者による。)
A Living God(テキストファイル全文) | 稲むらの火


八雲は、A Living God の冒頭でこのように書き、神道の神社の建築様式の話から始める。

どのような次元にせよ、純粋な神道は全て同様の古い様式で建築されている。

 

そして、日本の神道における「神」の概念は西洋のそれとは大きく異なっており、神道では「死者」が「神」になり、「宮(みや)」や「社(やしろ)」には、こうした死者が神として祀られている。だから、宮や社は「temple」や「shrine」と呼ぶのではなく、「ghost house(心霊の館)」と呼ぶ方が理解しやすいと言う。

 我々が曖昧に「temple(聖堂)」や「shrine(神殿)」という言葉で表している神道の用語は、本質的には翻訳不可能である。つまり、日本においてこうした用語が意味する概念というものは、翻訳によって伝えることはできないのだ。
 日本のカミの「august house (神聖な家 筆者注:神社や祠を指す」というものは、古典的な意味での英語の「temple」とは大きく異なる。それはいわば「haunted room(幽霊の部屋)」、「spirit-chamber(霊魂の間)」、「ghost-house(心霊の館)」なのだ。あまたの神威・神性というものは、本当に「ghost(心霊)」なのだ。それらは、偉大な戦士であり、英雄であり、支配者であり、であり、何百年も何千年も前に実際に生きていて、愛を注ぎ、そして死んでいった者たちなのである。
 私は、西洋の文化に属する者が神道の「(みや)」や「(やしろ)」という未知のものの特徴を漠然とでも理解するためには、「shrine」や「temple」という言葉を用いるよりもむしろ「ghost house(心霊の館)」と呼ぶ方が良いと思う。その永遠の暗がりの中には、ただ、神の象徴となるような何か、あるいは紙でつくられた「しるし」のようなもの、が存在するだけなのだ。

 

「A Living God」 では、こうした前置きに続いて五兵衛の英雄的な行動が紹介されている。その内容は前項で紹介したとおりであるが、文章の最後の部分は、五兵衛が村人から「濵口大明神」と称えられ、まだ存命中であるにも関わらず神社が建立されたことが紹介されている(前項でも書いたとおり、これは史実とは異なり、7代目濵口儀兵衛が神社の建立を断ったため実際には建立されていない)

 ようやく生活が安定してきても、人々は濵口五兵衛の恩を忘れなかった。
 彼らは五兵衛を裕福にすることはできなかった(筆者注:恩に対して金銭の提供で報いることはできなかった、の意)。たとえそれが可能であったとしても、五兵衛は人々にそれを許さなかったであろう。
 さらに、物を贈るという行為は、彼らの感謝の意を伝えるためには十分ではなかった。人々は、彼のghost(心霊)はまさに神のようである、と感じていたのだ。
 そこで彼らは五兵衛を「濵口大明神」と呼び、神と称えることにした。これ以上の名誉はないと皆が考えたからであった。本当に、世界のどの国であっても、生きている人間にこれ以上の名誉を与えることなどできないのだ。
 そして、村が再建されたときに、村人たちは彼の心霊を祭ったtemple(聖堂)を建てた。その正面には金色の文字で彼の名を刻んだ額が掲げられ、そこで人々は供物を捧げて彼を崇拝した。
 彼がそのことについてどう考えたのかは分からない。私が知っていることは、彼の心霊が麓の神社で人々によって崇拝され続けている間も、彼は丘の上にある古い藁ぶきの家で、子供や孫たちとともに今までと同じく人間らしい質素な暮らしを続けたということだけである。

 

そして、最後の部分で八雲は、彼の友人である日本人の哲学者にこう尋ねる。
日本人は、存命中の人間の「soul(魂)」だけを現実の肉体から切り離して別の場所に祀り、それを崇拝するということができるのだろうか? ひとりの人間が複数の魂を持つと考えているのだろうか?
彼はこう答えた。
日本人は、『mind(精神)』や『spirit(霊魂)』は、その持ち主とは別の場所で独立して存在し得ると考えている。もちろん、そんな考え方は西洋的な「soul(魂)」の概念とは大きく異なっているだろうがね。」

 


小泉八雲は、「A Living God」を通じて、「日本では、英雄的な行動をした人間等は、たとえ存命中であっても神として祀られることがある。西洋人には理解しがたい感覚だが、日本ではこうした事例はしばしば見られることだ。」ということを伝えたかったようである。そして、その代表的な事例として、濵口五兵衛の物語を紹介したのであろう。

上記で紹介した「稲むらの火」サイトには、「A Livind God」の全文が掲載されているほか、その翻訳である「生神」、奨学国語読本「稲むらの火」の画像データなど、各種の貴重な資料が掲載されているので参照されたい。

稲むらの火 | 「稲むらの火」は、昭和12年から昭和22年まで国語教材として、高く評価された物語です。