生石高原の麓から

かつて開設していた個人サイト「生石高原の麓から」の内容をブログ形式に移行しています

枕がえしの怪 ~龍神村(現田辺市)小又川~

 役の行者がみつけた湯を、弘法大師難陀竜王の夢のお告げで開いたことから、「龍神」と呼ばれるようになったという龍神村。その小又川から十津川越えをする途中に「蟻の越え」の難所があり、そこに樹齢数百年のモミの大木があったとか。

 

 ところが、この木に悪霊が宿り、村人を惑わすようになった。そこで屈強な七人の若者が、木を伐り倒すことになり、お寺参りの好きな次郎作少年を飯たきにして作業にとりかかった。一日目、ようやく五分の一ほど斧を入れて山小屋で泊ったのだが、翌朝見ると、斧の跡形もない。そんなことが何日も続くものだから、ある夜、見張りをしていると、削り取った木片を小人が木に詰めこんでいるではないか。そこで木を燃やしてしまおうと火をたいたのだが、その夜、数人の小人がやってきて、寝ていた七人の枕を次々ひっくり返してしまった。次郎作だけは助かったが、七人の若者は全員死んでしまったという。

 

(メモ:近くの天誅には、幽閉された八人の勤王の志士たちが柱に血書した辞世の句が残されている。龍神バスの温泉行きで小又川下車、徒歩15分。)

(出典:「紀州 民話の旅」 和歌山県 昭和57年)

国土地理院地図 蟻ノ越付近

 

  • この物語は田辺市に合併する前の龍神村が編纂した「龍神村」に「枕がえし」という題名で収載されている。

枕がえし
 天誅(てんちゅうぐら)で知られた小又川(こまたがわ)在所はのどかな集落である。この集落から十津川越えをするには「(あり)の越」と称する難所を通らねばならず、この道が古くより十津川往来であった。
 蟻の越の地名はいかなる因縁により名付けられたかは不明であるが、この不可解な地名がより一層伝説の母体となったのではなかろうか。蟻の越から小又川領に近い所にマサギ谷がある。この谷に、いつの時代かは知らないが天界に挑み地界に影を落とすモミの大木があった。樹齢数百年にもおよぶこの大木にいつしか悪霊が宿り、旅人を惑わしたり、ときには危害を加えることもあった。
 たまりかねた小又川在所の人々は幾度となく相談した結果、ついに霊木を切り倒すことにした。そこで屈強な若者七人を選び、マサギ谷に小屋を造り、伐採準備に万全を期していた。
 寺詣りの大好きな次郎作は人から「仏の次郎作」と呼ばれたほどのお人よしで、どちらかといえばひ弱い男で、彼はかしき(炊事係)として雇われていた。
 マサギ谷にそびえるモミの大木には、王者の風格と人を寄せつけぬ年輪の威厳が備わっていた。
 若者たちはいよいよ伐採にかかった。研ぎ澄まされた鋭い山斧は幹にくい込み、木ッ片は辺り一面に散乱し、その日はようやく五分の一ほどの仕事も終わり、次郎作の作った夕食で一日の疲れも忘れ、ぐっすり寝込んでしまった。
 翌朝、モミの木を見た若者たちはあまりにも不可思議な現象にぼう然とした。幹には斧の跡形もなく、大木はもとの姿で、雄然とそびえていた。それは確かに悪霊の仕業である。だがしかし、仙境十津川の山奥で鍛えに鍛えぬかれた若者たちは、悪霊なんかに負けるものでなく気合いを入れて仕事に取り掛かった。だがその翌朝も同じことであった。
 たまりかねた若者たちは、その夜交代で見張りをすることにした。草木も眠る(うし)三ツ刻(午前二時)どこからともなく現れた白装束をした数人の小人がモミの木ッ片を幹に詰め込んでいた。驚いた見張り人が仲間に声をかけようとすると小人たちは闇に消えていった。
 見張人の話を聞いた若者たちは、「小人なんかに負けるものか、今日から木片は全部燃やしてやろう」、「そうだ、そうしたら小人らもさぞや嘆くであろう。こりゃおもしろいぞ」と、その日の木片は残らず燃してしまい、その夜は安心したのか、ぐっすり寝込んでしまった。夜はしんしんと更け、小又川山系は深い闇に包まれていた。そのとき、小屋の戸板が音もなく開けられ、数人の小人が入って来て、何事か呪文を唱えながら七人の枕を次々と返し次郎作の寝床へ来たとき、「こいつは仏の次郎作だ。助けてやろう」とつぶやきながら闇の中へ消えて行ってしまった。その朝、次郎作がみんなを起こしたが、七人は死んでしまっていた
 この伝説は、木の精霊を侵す人間どもに対する戒めであると共に、枕がえしの地名は今に残り、伝説は綿々と伝えられている。

 

  • 昭和5年(1930)に発行された那須晴次著「伝説の熊野(郷土研究会)」にも同様の物語が掲載されている。本文及び上記引用文では伐り倒そうとしたのは「モミの木」であるが、ここでは「(ひのき)」となっている。

枕かえし 龍神
 龍神村小又川に桧の大木があった。或る時七人の杣人(そまびと きこり、林業従事者のこと)がかかって之を伐った。其の夜其の七人が枕を並べて寝ていると夜半何者かあらわれて其の枕をかえすと皆忽ち死んでしまった桧の精が然らしめたのだという。
※読みやすさを考慮して漢字及びかなづかいを現代のものにあらためた。

 

  • また、昭和60年(1985)に発行された中津芳太郎編著「日高地方の民話(御坊文化財研究会)」にも類似の話が収載されているが、ここでは切り倒そうとしたのは「七本の桧」であること、伐りかけの木を修復するのが「小人」ではなく「七人の坊さん」であること、などの違いがみられる。

枕返し - 七本桧
 この小又川の奥にサイコウ東ノ河)っていう谷があるんですが、そこに七本の桧があった。大っきな桧が七本ならんどるね。それが、あれを伐らんならんて事になって、しかし、一人じゃかなわんてことで、その小屋におった杣師七人が全部よって伐りかえしたと。ところが、一晩おいといて、翌くる朝行てみたらみんな元の通りになってた、とそういう話ですけどね。いつまで経っても伐れんもんで、どうしたらよかろっちゅうことなんやが、それである晩にそこへ行てみたら、七人の坊さん等が「この木はここにあった。これはそっちや。いや、それはこっちや」えらい大勢かかって寄せ集めてきてた。そえで(それで)、「こういう事をしてるんじゃ、こりゃいくら何でも叶わんさか、今度は伐るやつみんな焼いてしまおやないか」ってことになったんじゃ。そいでその翌くる日から伐った木やそのはしから全部焼いたんじゃて。それで全部終りになったんやの。ところが、ある晩のことみんなが眠っとるとこみて、坊さんが来てからに、寝とる人の枕をコトッ、コトッて返した、只、返したらもう死んじょるんやて、七人おって七人とも。只、カシキっていうて飯炊く者がおろう、その人だけは助かってん、子供じゃったから。その子はありがたい心経(般若心経のこと)を半分位ほかよう言わん(半分ぐらいしか唱えられない)のやけど、毎日それを唱えとったと。ほやから(だから)お前は心経を毎日繰ってから悪り事(悪いこと)はまだようせん、そやから、助けてやろう。て、まあ、その子だけ助かった、と。
    (話者・串浦善吉(小又川) 記録・須山

 

 

  • 枕返し(まくらがえし 反枕とも)」と呼ばれる怪異・妖怪にまつわる伝承は全国にあるが、その態様は各地で大きく異なっている(下記Wikipedia参照)。東北地方では座敷童子ざしきわらしが悪戯で枕を返す、静岡県では身長約3尺(約90センチメートル)枕小僧が枕を返す、などと伝えられているほか、栃木県の大雄寺には「枕返しの幽霊」と呼ばれる掛軸があり、これを掛けて眠ると、翌朝には枕の位置が変わっているといわれる。また、栃木県の大中寺には「枕返しの間」という部屋があり、旅人がこの部屋で本尊に足を向けて寝たところ翌朝には頭の方が本尊の方へ向いていたと伝えられる。枕返しが吉兆とされることもあり、美濃国(現在の岐阜県白山寺という寺には「枕翻(まくらがえし)の観音」という観音菩薩がまつられており、その堂内で居眠りをして夢の中で枕が返ると願いが成就するとされる。「枕を返す」ことの意味について、Wikipediaでは次のようにまとめられている。

枕返し
 枕返し反枕(まくらがえし)とは、日本の妖怪の一つ。夜中に枕元にやってきて、枕をひっくり返す、または、頭と足の向きを変えるとされている。具体的な話は江戸時代・近代以後に多く見られ、その姿は子供、坊主であるともいわれるが、明確な外見は伝わっていない。江戸時代の妖怪画集『画図百鬼夜行』には小さな仁王のような姿で描かれている。

(略)

枕を返す意味
 葬送儀礼において遺体を「頭北西顔」すなわち北枕にすることを「枕直し」または「枕返し」と呼ぶ。生きていていた人を初めて死者として扱う行為になる。北枕に寝かせることだけではなく、死者の枕元に逆さ屏風(上下逆の屏風)を置く、死者の上に逆さ着物(上下逆にかけた着物)を掛ける、魔である猫が遺体を跨がないように守り刀(魔除けの刃物となる鋏や剃刀)を置く、などの一連の作法が「枕返し」と呼ばれる場合もある。
 夢を見ている間は魂が肉体から抜け出ており、その間に枕を返すと魂が肉体に帰ることができないという信仰が古くは日本人の間にあったと考えられている。平安時代末期の歴史物語『大鏡』にも、藤原義孝が自分の死に際し、死後も必ずこの世に帰るために通常のしきたりのような葬儀をするなと遺言を残したにもかかわらず、枕の位置を北向きに直すなどして通常の葬儀が行われたため、蘇生することが叶わなかったとの記述がある。民俗学者武田明は、枕には人間の生霊(いきりょう)が込められており、枕を返すことは寝ている人間を死に近づけることを意味するとしている。
 民俗学者宮田登は、かつての日本では、夢を見ることは一種の別世界へ行く手段と考えられており、夢を見るために箱枕(はこまくら)に睡眠作用のある香を焚き込むこともあったことから、枕は別世界へ移動するための特別な道具、いわば異次元が交錯する境界とみなされており、眠っている間に枕をひっくり返されるという「まくらがえし」は、すべての秩序が逆転する異常な事態であることを示していたのではないかと考察している。
 このような枕に対する民間信仰が、枕返しの伝承の元になっており、枕返しをされてしまうことは人間の肉体と魂が切り離されてしまう異常な事態であるとして恐れられていたが、徐々にその信仰が廃れるにつれ、枕返しは単なる悪戯と見なされるようになったと見られる。
枕返し - Wikipedia
※筆者注:読みやすくするため表現を一部あらためた

 

 

 

*****
本ページの内容は、昭和57年に和歌山県が発行した「紀州 民話の旅」を復刻し、必要に応じ注釈(●印)を加えたものです。注釈のない場合でも、道路改修や施設整備等により記載内容が現状と大きく異なっている場合がありますので、ご注意ください。