生石高原の麓から

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円座石 ~熊野川町(現新宮市熊野川町)西~

 「大雲取越え」をすると、中根のあたりで道のわきに、大きな石が目にとまる。「円座石(わろうざいし)といい、別名「御茶具」「御沓形」とも。

 

 ところどころに、円形の模様が浮き出し、石の正面に、阿弥陀如来薬師如来観世音の三仏を意味するという、三つの梵字が彫られている。文字の形からみて、中世のころの刻字ではないかとみられる。

 円座とは、昔の円形の座布団。昔、この大石の上に大座布団を敷き、熊野三山の神さまたちが談笑したから、この名がついたといい、いまも「熊野三山大神のお茶所」という。

 

 だが長い間、里人に親しまれてきた大石も、大雲取越えが生活の道、信仰の道として利用されなくなり、中根に住む人もいなくなって、しだいに忘れられた存在になりつつある。
(出典:「紀州 民話の旅」 和歌山県 昭和57年)

円座石

 

  • 円座石は、小口(現在の新宮市熊野川町西)から大雲取越のルートを約800メートル南へ進んだあたりにある巨岩。なお、正しい読み方は「わろうざいし」ではなく、「わろうだいし」である。これは、「ザ行」と「ダ行」が混同し、基本的には全て「ダ行」として発音される和歌山弁紀州弁)の特徴によるものでろあう。


  • 円座石について、現地に設置されている説明板では次のように解説されているが、製作年代製作の背景については「よくわからない」とされている。また、ここでは「円座石」の名前の由来を石の模様が円座に似ているためとしているが、同時に熊野三山の神々がここで談笑していたとの伝承も紹介している。

 石に刻まれた梵字は、右が阿弥陀仏(本宮)、中央が薬師仏(新宮)、左が観音仏那智を表し、熊野三山本地仏の表現であるが、製作の年代や背景はよくわからない
 「円座(わろうだ)」とは、わらやいぐさ等を丸く編んだ敷物のことだが、石の上面の模様がそれに似ていることから、この名が付けられたといわれている。
 熊野三山の大神の「御茶屋(「紀伊風土記」)とされたためか、三山の神々がここに座って談笑したとの伝えものこる。
   和歌山県

 

 

  • 梵字(ぼんじ)とは、語義的には「梵語サンスクリット インドなどで用いられた古代の言語)を表記するための文字」を指す言葉であるが、一般的には仏教の経典に用いられる文字悉曇文字 しったんもじ)として知られている。密教では、それぞれの仏尊ごとに特定の一音節の真言(しんごん 呪文のようなもの)が定められており、これを「種子(しゅじ)」または「種子真言(しゅじしんごん)」と呼ぶが、梵字はその種子を表記するために用いられる。このため、梵字一文字でその発音に該当する仏尊を表記することが可能である。ちなみに、阿弥陀如来の種子は「キリーク」、薬師如来の種子は「バイ」、観世音菩薩の種子は「」である。

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    左から キリーク バイ サ  (字体はWikipediaによる)
    円座石の刻印は下記「南紀熊野ジオパーク」のサイトがわかりやすい
    円座石(ワロウダイシ) | 南紀熊野ジオパーク

 

  • 上記の和歌山県による説明板にあるとおり、円座石については江戸時代後期に編纂された地誌「紀伊風土記」の「巻之八十四 西村」の項に記載がある。ここでは、本文にあるとおり「御茶具」「御沓形」等との名があり、「熊野三山の大神の御茶屋」と言われるとしている。

圓坐(ワラウダ)石
大雲取の往還 小名中根というにあり
大石四あり
所所に円なる飯櫃の形 自然に顕わる
其形により 御茶具 御沓形 等の名あり
土人伝えて
熊野三山の大神の御茶屋なりと言いて
其石を圓坐石と言うとぞ
此辺の石質 皆其形あり
奇というべし
正面の大石に梵字三字を彫付け
又所所人作に似たるも交れるは
自然の石質の上を補いたるなり
※筆者注:読みやすさを考慮して、適宜漢字・かな表記を現代のものにあらためた。

 

  • 上記の説明板の記載では、「製作の年代や背景はよくわからない」とされているが、平成11年(1999)に発行された海部要三海部多賀子著「熊野古道(蟷螂舎)」には、「立札に中根の旅篭屋主がここは熊野三所権現が休憩する場所だという看板として作ったとの説」との記述があり、このような伝承のあったことが伺える。

 

  • 紀南地方を拠点として生活し、紀伊半島の山々や熊野を中心とした著作を多数発表している宇江敏勝(うえ としかつ 1937 - )氏の著作「世界遺産 熊野古道新宿書房 2004)」にも円座石に関する話が記されている。

 また下ったり、横道を行ったりして、中根(なかね)も昭和三十年頃まで五軒があったところで、ここには円座石(わろうざいし)がある。杉木立ちの下に長さ五メートル、高さ二メートルほどの大石が横たわり、等間隔に輪で囲んだ梵字が刻まれている。梵字のほかは青い苔におおわれて、ほかでは見られない神々しい風景なのである。そばに教育委員会の説明板が立つ。
 曰く。円座とは、藁や菅やいぐさで編んだ丸い座布団のようなもので、梵字は向かって右から、阿弥陀仏(本宮)、薬師仏(速玉)、観音仏那智)などをあらわし、三所の神仏がここに座って会合をしている図である、と。
 「熊野めぐり」には「中根村民家の側に大石有。ワラン大シといふ。所のもの出て、奇怪のことをいひて銭を貰(もらう)」とあり、見物料金もとったらしい。
 ふもとの里で私が聞いたところ、石は地主神として祀っていたという。熊野の神々が円座に腰をおろして酒をくみ交わすとの伝えがあり、お祭りには里の男たちも岩の上で飲んだそうだ。無人になったいまも神々は集合するのだろうか

 

  • 昭和57年(1982)に書かれた上記本文では、「しだいに忘れられた存在になりつつある」とあるが、平成16年(2004)に熊野古道高野町石道などが「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコ世界遺産文化遺産として登録されたことにより様相は一変している。特に外国人観光客から大きく注目を集めるようになり、宿泊の拠点となる田辺市の外国人宿泊者数はわずか7年で35倍の増加となった。

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本ページの内容は、昭和57年に和歌山県が発行した「紀州 民話の旅」を復刻し、必要に応じ注釈(●印)を加えたものです。注釈のない場合でも、道路改修や施設整備等により記載内容が現状と大きく異なっている場合がありますので、ご注意ください。