生石高原の麓から

かつて開設していた個人サイト「生石高原の麓から」の内容をブログ形式に移行しています

平成11年 生石高原山開き&緑の感謝祭(1999. 5. 3)

 「イベント回顧録」のカテゴリーでは過去の個人サイトに載せていたイベントの記録などを再掲しています。

 

 今回は平成11年(1999)に行われた生石高原の山開きの記録です。
 生石高原は、標高870メートルの生石ヶ峰を中心に約13ヘクタールのススキ草原が広がっていることで知られており、最近は「インスタ映え」スポットとしても人気を集めています。

わかやま観光 生石高原 | 和歌山県公式観光サイト

 

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平成11年 おいし山開き&みどりの感謝祭

 

 憲法記念日の5月3日、生石高原では恒例の「山開き&みどりの感謝祭」が行われました。
 このイベントは、毎年4月29日の「みどりの日(当時)」に行われているものですが、今年は「南紀熊野体験博」の開幕と重なり関係者の出席が困難となったため、5月3日に日程を変更して開催されました。

 

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 生石高原の山開きを告げ、今年一年の登山者の無事を祈るための神事が厳粛に執り行われました。

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 地元町や県関係者によるテープカットにより、今年の生石高原の登山シーズンが正式に開幕しました。

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 山開きの終了後、引き続いて「みどりの感謝祭」が開催され、ポスター等の優秀作品に対する表彰や、「みどりの少年団」による「緑を守る宣言」などが行われました。

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 午後からは、景品付きの餅投げが行われました。例年であれば生石高原の頂上にある弘法大師の祠をお祀りした餅投げ大会が行われるのですが、今年は日程が変更された関係で、弘法大師のお祀りとは別の行事として開催されました。それでも、餅投げとなれば血湧き肉躍る(笑)のが日本人の性(さが)。大盛況のうちに全ての行事が無事終了しました。

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 生石高原の楽しみ方といえば、なんといっても草スキー。手近の段ボール箱をつぶしたものをお尻の下に敷いて滑るのが伝統的(笑)な方法ですが、最近はプラスチック製のソリを持参する人たちが増えてきました。今年はソリの上に立ったままで滑り降りるという「スケボー型」の滑り方にチャレンジする子供もいて、子供達の遊びも年々進化しているのだなぁと、妙なところで関心してしまいました。

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 山頂でお弁当を広げている両親を後目に、身軽に笠石をよじ登る子供達。ちょっと危ないなぁとは思いますが、こうして自然の中で元気に遊び回ることで、都会では得られない貴重な経験を積むことでしょう。

 

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 生石高原については、別項「生石山の弘法水」において詳しく解説しているので、興味をお持ちの方はこちらも参照ください。
生石山の弘法水 ~金屋町(現有田川町)生石~ - 生石高原の麓から

 

 また、生石高原のすすき草原を保全するために行われている「山焼き」について、別項「生石高原の山焼き」でその経緯を紹介しています。
生石高原の山焼き - 生石高原の麓から

 

 本文中にある「南紀熊野体験博」は、和歌山県南部南紀・熊野地域)を会場とし、平成11年(1999)4月29日から9月19日までの144日間の日程で開催された地方博覧会です。国の「特定博覧会制度」に基づいて「JAPAN EXPO」に認定されたイベントですが、これは和歌山県としては世界リゾート博(1994)に次ぐ2度目の認定となりました。

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和歌山県広報紙「県民の友」 平成11年6月号表紙

 このイベントについてWikipediaでは次のように記載されており、これ以後の博覧会に大きな影響を与えるとともに、我が国の伝統文化を見直すきっかけにもなったイベントであると評価しています。

概要
 和歌山県南部の16市町村(当時)という広範囲において開催された。和歌山県では1994年に和歌山市沖の人工島・和歌山マリーナシティにおいて開催された世界リゾート博以来5年ぶり2度目の地方博開催となった。とはいっても、前者の都市型博覧会とは全く目的が異なっている(計画された時代背景も違う)

 田辺市新庄総合公園那智勝浦町(筆者注:那智勝浦海浜公園(ブルービーチ那智))の2ヶ所にメイン会場(公園)があったが、いずれも会場への入場料は無料で、これは博覧会としては極めて異例であった。というのもこの南紀熊野体験博は従来のパビリオン中心の博覧会ではなく、地元16市町村(当時)が一丸となって南紀熊野の魅力を全国にPRする博覧会であったことによる。そのためメイン会場はあくまで拠点(インフォメーションセンター)に過ぎず、期間中は協賛各市町村で自然体験を中心とした様々なイベントを催した。

 

博覧会の成果
 博覧会の成否については意見が分かれていたが、閉幕してみれば参加者は310万人であり、まずまずの成果であったといえる。また体験博開催にあたり和歌山県南部地域内陸部の道路網の整備が急ピッチで行なわれた。これにより景観破壊が起こったという意見もあるが、非常に粗末で貧弱であった山間部の道路網が整備されたことによる効果は非常に大きいものであった。道路整備のおかげで世界遺産登録後の観光客増加にも対応できたと言える。国道整備の影響は後の市町村合併にも影響するほど(旧本宮町は道路整備により結びつきが強まった旧田辺市と合併した)、地域の生活環境にも大きな影響を与えた。

 体験博は当時の癒しブームにも乗り、熊野古道熊野三山などを全国に発信するなど知名度アップに貢献したと言える。その後の世界遺産登録紀伊山地の霊場と参詣道の大きな原動力にもなった。その意味においても意義あるものであった。

 また、外部からの資本投資に頼らず、あくまで地域性、地域固有の資産を生かしたことは非常に大きい。いわゆる箱モノのパビリオン等を建設し、入場料金等の収益金でカバーする従来の博覧会とは全く異なるものであった。

 実際、この手法は後の地方博にも生かされ、2001年に開催されたうつくしま未来博山口きらら博などに大きな影響を与えたといわれる。関係者が2度地方博を開催し成功させた和歌山県に対して運営面などについて協力を求めるために視察に行っている。

 南紀熊野体験博は、魅力ある南紀・熊野地域つまりは和歌山県の観光資源を全国に発信、道路などの社会基盤の整備、21世紀型博覧会の可能性の提示など一石三鳥の効果があったと言える。体験博をきっかけにして世界遺産登録が実現するなど見た目以上の成果があった。また、ここから生まれた古道ブームは、日本に古来から根付いていた神社仏閣や遺跡、庭園、歴史的な町並みなど伝統文化の見直し、回帰現象を生んだとされ、その影響力は日本全国に及ぶものでもあった。
南紀熊野体験博 - Wikipedia

 

 また、南紀熊野体験博では「いやす みたす よみがえる  こころにリゾート実感」をキャッチフレーズとしていましたが、この「癒やし」という言葉が1999年の「新語・流行語大賞」のトップテンにランクインし、西口勇知事(当時)が表彰式に出席しました。同賞を主催する自由国民社のWebサイトではこれについて次のように紹介しています。

 

トップテン
癒し  西口 勇 さん(和歌山県知事)
 バブル華やかなりし10年前、「24時間戦エマスカ」のコピーで大ヒットしたリゲインのCMが、坂本龍一のピアノソロとともに「この曲をすべての疲れている人へ」というのメッセージを送るようになるなど、「癒し」はもはや国民的テーマ。受賞者は「癒し」をテーマに、南紀熊野を会場としてユニークな地方博覧会を企画、実現した。

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「現代用語の基礎知識」選 ユーキャン 新語・流行語大賞

 

 ちなみに、この年の新語・流行語大賞の受賞者は次のとおりでした。