「モータースポーツ回顧録」のカテゴリーでは、過去の個人サイトに掲載していたモータースポーツ関連の記事を再掲していきます。
今回の記事は1996年3月に鈴鹿サーキットで開催された全日本GT選手権「鈴鹿 300kmレース」の模様です。
サーキットで行われる自動車レースに登場する競技車両は、ごく大雑把にいうと「フォーミュラカー」と「ハコ(箱)」の2種類に区分することができます。このうち「フォーミュラカー」は皆さんご存知のF1(フォーミュラ・ワン)に代表されるような、4つのタイヤが剥き出しになっているレース専用車両のことを言います。
これに対して、通称「ハコ」と呼ばれるものは、一般の乗用車のように4輪が車体でカバーされている車両の形式を言い、さらに細かく分けると、ル・マン24時間レースなど特定のレースに出場するためだけに製作された車両である「プロトタイプカー」と、市販されている自動車に一定の改造を施した「ツーリングカー(又はプロダクションカー)」に区分することができます。
今回取り上げるレースは全日本GT選手権の開幕戦として開催されたものですが、ここで使われている「GT」という言葉は車両の種類を指し、上記で言う「ツーリングカー」のうち、特に高性能な車両で争われるレースであることを示しています。
もともと「GT」という言葉は英語の「Grand Touring (グランド・ツーリング 大旅行)」を由来とするもので、長距離ドライブに必要な高い性能と快適性を有した車に付けられていた呼称でした。それが、やがて各自動車メーカーが自社のラインナップの中で特に高性能なスポーツカーに「GT」という名称を付けるようになり、その後、こうした市販の高性能スポーツカーによって争われるレースが「GTカーレース」と呼ばれるようになったのです。
今回のレースが開催された時期は丁度こうした呼称が定着しはじめた頃であり、ポルシェ、BMW、マクラーレンなどの外国製高性能スポーツカーをスカイライン、スープラ、NSXなど国産勢が迎え撃つという格好になっていましたが、当時の規則では現在に比べると改造範囲が大幅に制限されていたため、車両本来の性能差を埋めることはなかなか困難な状況でした。
今回は、こうした背景を踏まえながら下記の記事をご覧いただけると面白いと思います。
3月31日、鈴鹿サーキットにおいて1996全日本GT選手権第1戦「鈴鹿300Kmレース」が開催されました。このレースは市販車をベースにした車両によって争われるもので、日本車としてはニッサン・スカイライン、トヨタ・スープラ、ホンダ・NSXなどおなじみの車両が、また外国車としてはポルシェ、BMWといった伝統あるメーカーの車両とともに、ほとんど「合法的に公道を走れるレーシングカー」と言っても良いようなマクラーレン・F1GTRまで、さまざまな型式の車が出場しています。
結果は次のとおりですが、やはりマクラーレン強し、ということになりました。しかし、この優勝は決して自動車の性能だけによるものではなく、服部尚貴、ラルフ・シューマッハ(1995年のF1チャンピオン、ミハエル・シューマッハの弟)という2人の卓越したドライバーの能力によるものでもあるのです。
鈴鹿300Km総合結果
1位 | 服部尚貴、ラルフ・シューマッハ | ラーク・マクラーレンF1GTR |
2位 | D・ブラバム、J・ニールセン | ラーク・マクラーレンF1GTR |
3位 | 長谷見昌弘、田中哲也 | ユニシアジェックス・スカイライン |
スーパーカーファンにはたまらない、ランボルギーニ・ディアブロ。成績はいまいちでも、観客へのアピール度はピカイチ。
前半はトヨタ・スープラと接戦を繰り広げたが、終わってみればマクラーレンのワン・ツー・フィニッシュ。こうなると蛍光ピンクの派手なボディが憎らしい・・・(^_^)
今年から新たに始まる新シリーズ「フォーミュラ・ニッポン」ではライバルとなるであろう服部尚貴とラルフ・シューマッハが仲良く表彰台の最上段に並んでシャンパンシャワー。今年のGT選手権ではこの姿が何度も見られるのでしょうか。
ご存じ「日本一速い男」星野一義。ニッサン・ワークス生え抜きの「ホッチ」の愛車はもちろんスカイラインGTR。
1995年、日本人として初めてル・マン24時間レースの総合優勝を果たした男、関谷正徳。フォーミュラ経験もあるが、「ハコ」、つまり生産車をベースにした車両によるレースには決して欠かすことのできないドライバーである。
星野一義とペアを組んでスカイラインを走らせる影山正彦。最近ではとんねるずの「ナマダラ(日本テレビ系「とんねるずの生でダラダラいかせて!!)」のカート対決にも出場している日本レース界の男前ナンバーワン。弟、正美も国内トップフォーミュラに参戦中という「兄弟船レーサー」である。
アイドル、タレント、歌手、役者であり、かつ本物のレーサーでもある近藤真彦。今年はニッサンの契約ドライバーとして、昨年の全日本F3000チャンピオン鈴木利男とのペアでGT選手権に挑戦している。今回のレースでは、総合6位とワークスの名に恥じない結果を残した。
このレースを含む「全日本GT選手権」は、1993年から2004年まで開催され、その後国際自動車連盟(FIA)公認の国際シリーズ「スーパーGT(SUPER GT)」に発展して現在も開催が続けられています。
SUPER GT.net | SUPER GT OFFICIAL WEBSITE
全日本GT選手権の頃は車両の改造範囲が限定されていたため上記のように市販車両の性能がレース結果を大きく左右する要因となっていましたが、スーパーGTでは改造範囲がかなり広く認められており、特に上位のGT500クラスでは「市販車をベースにした改造車両」という規定はほぼ無意味なものとなってしまっています。
下記のインタビューによれば、トヨタが2020年に投入した「GRスープラGT500」は、「(市販車との)共通パーツはドアノブと前後のトヨタエンブレム」のみという状況だそうです。
市販車との共通部品はドアノブとエンブレムだけ! 燃費はリッター2km! スーパーGTマシン「GRスープラ」の秘密 | 自動車情報・ニュース WEB CARTOP
また、ホンダに至っては、2010年から2013年にかけて、販売予定はあったものの遂に市販には至らなかった車両をもとにした「改造車」として「HSV-010 GT」という車両を走らせたことすらあります。
ホンダ・HSV-010 - Wikipedia
ある意味、こうした「なんでもあり」感がこのレースの最大の魅力と言って良いのかもしれません。