生石高原の麓から

和歌山の歴史・文化・伝承などを気ままに書き連ねています

’96NASCAR 鈴鹿サンダースペシャル100(1996.11.22~24)

 「モータースポーツ回顧録」のカテゴリーでは、過去の個人サイトに掲載していたモータースポーツ関連の記事を再掲していきます。

 今回の記事は1996年11月に鈴鹿サーキットで開催された「NASCAR 鈴鹿サンダースペシャル100」というアメリカンレースの話題です。

 F1や耐久レース、ラリーなど、多くのモータースポーツヨーロッパが本場とされていますが、これらとは別にアメリには独自のモータースポーツ文化が根づいています。

 世界三大レースの一つとして位置づけられているインディ500マイルレースをはじめとするインディカーシリーズもその一つですが、このシリーズが開催されるサーキットは大半がオーバルコース(楕円形のサーキット)となっており、鈴鹿サーキットのような複雑な形状を持つサーキット(「オーバルコース」に対して「ロードコース」と呼ばれる)ではあまり開催されていません。また、F1ではそのマシンの速さを表す際に一周を走り切った時間(ラップタイム)で表すのに対し、インディカーシリーズでは一周を走り切った際の平均時速(マイル/時)で表すというのも大きな違いになっています。
 つまり、アメリのレースでは、「一般道に近い複雑なコースを、様々なテクニックを駆使してコンマ何秒かをストイックに縮めていく」という戦い方ではなく、単純に「陸上競技場のようなトラックで誰が一番速いスピードを出すかを競う」という戦い方の方がより多くの人気を集めていると言えるのです。

 このようなアメリカのレース文化の中で、一つのレースに集まる観客の多さで言えば最大のレースが前述のインディ500マイルレースであることは間違いないのですが、年間の観客動員数でいうとこれを遥かに上回る大人気のレースシリーズがあります。それが、NASCARナスカーです。現在のNASCARの状況について、日本人が率いるチームとして唯一参戦しているHRE(Hattori Racing Enterprises)のWebサイトでは次のような解説がなされています。

NASCARとは
 "NASCAR"とは、【The National Association For Stock Car Auto Racing】の略称で、70年超の歴史を持つアメリカ合衆国最大のレースです。 NASCARシリーズは、ストックカーと呼ばれるストック(市販)車両を使用したレースとして始まりましたが、現在では市販車とはまったく違うレース専用車両で行われています。パイプフレームで組まれた頑丈な車体に市販車に似せた形状のボディが被せられ、規定により各部の仕様や寸法が細かく制限されており、ベースとされる市販車の選択や、独自の装備によってレース結果が左右されないことを目的としています。
 NASCAR のトップ3カテゴリー『NASCAR Cup Series』『Xfinity Series』『CAMPING WORLD TRUCK SERIES』を最高峰に、多くのシリーズがピラミッド状に形成され、そのほとんどはアメリカ特有の大小のオーバル(楕円形)コースで開催されています。2月から11月の約10ヶ月に渡るシーズン中に、トップ3カテゴリーのみで合計90戦を越えるレースがアメリカ各地で開催されます。
 NASCAR には、「レースマシンによるスピードと迫力」、「スリリングなバトル」といったモータースポーツに必要とされるシンプルな欲求が、オーバルという一目で見渡せるコース上で熱狂的な雰囲気の中で展開されます。全米に7,500万人のファンを持ち、開催されるレースは練習走行からTVで生中継されるなど、驚異的な人気を獲得しています。
ABOUT"NASCAR"|NASCAR Hattori Racing Enterprises(HRE)|VertexSports

 このようにNASCARアメリカの文化と密接に結びついたレースで、徹底的なエンターテインメント志向であることから、以前から開催されているヨーロッパ的なモータースポーツに馴染んでいた鈴鹿サーキットの観客にとっては随分戸惑いもありましたが、徐々に観客もその雰囲気に慣れて十分に楽しむことができたようです。こうした点も踏まえて下記の記事をご覧いただくとより面白いのではないかと思います。

 

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NASCAR
SUZUKA THUNDER SPECIAL 100

 

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 今年の鈴鹿サーキットは世界各地のさまざまな形のレースが楽しめるという点で、実に楽しいシーズンになりました。2週間前に開催された国際ツーリングカー選手権(ITC)が、技術の粋を尽くしてスピードを求める、ある意味ではストイックなまでに勝負にこだわるレースであったのに対して、今回鈴鹿で開催された「鈴鹿サンダースペシャル100」は、純粋にレースの楽しさを追求する「観客参加型」のイベントであるというところに大きな違いがあります。
 「NASCAR」というのは日本ではあまり聞いたことの無い言葉かもしれませんが、トム・クルーズ主演の映画「デイズオブサンダー」の舞台となったアメ車によるド派手なレースといえば少しは分かっていただけるでしょうか。アメリ以外の国ではそれほど知名度は高くないものの、アメリでは年間31戦が開催され、どのレースも15万人以上の人が押し掛けるという超人気スポーツとなっています。デイル・アーンハートジェフ・ゴードンラスティ・ウォレスといったトップドライバー達の人気はメジャーリーグNBAアメリカンフットボールなどの一流選手に一歩もひけをとりません。

 とはいえ、日本で本格的なアメリカンレースが開催されるのは実質的には初めて(60年代には「日本インディ」というようなイベントがあったとはいえ)ということもあり、一般のレースファンには馴染みのないレースであったため、観客の側にも結構とまどいがあったのも事実です(だいたい、ほとんどのドライバーは名前も聞いたことがない人ばっかりなんだから、応援のしようがない(^^; )

鈴鹿 サンダースペシャル100 結果
 順位  ドライバー マシン
 1位   ラスティ・ウォレス   ミラー・フォード 
 2位   デイル・アーンハート   ACデルコ・シボレー 
 3位   ジェフ・ゴードン   デュポン・シボレー 

 

 基本的に観客を楽しませるのがレースであるという哲学に基づいて開催されるのがアメリカンレースの特徴。東コース(2.2Km)100周で行われるレースを50周ずつ2セグメントに分け、第一セグメントの1位から10位までを逆にして(つまり、第一セグメントの10位がトップでスタート、9位が2番手で、8位が3番手で・・・・・1位が10位で、そして11位は11番手からのスタート)第二セグメントを開始するという(しかも、この方式・・・インバート・スタート・・・をとるかとらないかは第二セグメント開始前に観客の拍手によって決める)、いわば「不自然であろうがなんだろうが、とにかく強制的に見せ場を作ってしまう」というルールになっているのです。

 結局、レースはこのルールをうまく利用したラスティ・ウォレスが第一セグメントで圧倒的な速さを見せながらも終了直前でスピードダウンし、8位でゴール。当然のように観客がインバートスタートを選択したことによってウォレスは第二セグメントを3位の好順位でスタートし、アーンハートゴードンが激しい争いをするのを尻目に悠々トップでチェッカーを受けました。

 第一セグメントのスピードダウン、「ブレーキが熱くなったのでペースを落とさざるを得なかった」とウォレスは答えていたようですが、それが真実なのかあるいは三味線を弾いたのか、そんなことを細かく詮索するようではアメリカンレースを楽しむ資格なし、ということになりましょうか。

 

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 レースに参加するのはレーシングカーだけではないということで、いつもは裏方に徹しているオフィシャル(競技役員)のパレードが行われました。各コーナーに配置されるフラッグマーシャル(安全監視員)救急車レッカー車消防車オイル除去作業車など。特にシルバーの消防服に身を包んだ消防員はスタードライバー並の拍手を受けていました。

 

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 NASCAR最大のスタードライバーデイル・アーンハート。通算70勝をマークし、7度のタイトル獲得は史上最多タイを誇る。接触をも恐れない攻撃的な走りでインターミデイター(脅迫者)の異名をとる。
 ところが、日本では知名度ほとんどゼロ。今年は鈴鹿サーキットで何回かデモンストレーション走行をしているため、私のように鈴鹿へ何回も通っている者にとってはそこそこ馴染みのある顔ではあるものの、その経歴などはほとんど知られていない。そのため、ひらがなで大きく名前を書いた幟を手にオープンカーでレース前のパレードを行った(パレードは全ドライバーが参加)
 サングラスをしたゴツいおっさんが、「でいる・あーんはーと」というお茶目な幟を手にした姿は・・・ 

 

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 こちらは日本レース界のスター、土屋圭市。「ドリキン(=ドリフトキング)」と呼ばれ、レースでは派手なドリフトで観客を楽しませてくれ、ラジオのディスクジョッキーやテレビ、ビデオへの出演などマスコミへ登場する機会も多いマルチタレント。
 デール・アーンハートジェフ・ゴードンよりも、やっぱり土屋選手への拍手が一番大きかったのはやむを得ないことか。

 

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 スタート直前のフォーメーション・ラップ。なによりもアメリカンレースだということを感じさせるのがこのスタート進行でした。
 マーシャルカーの先導で各車両がフォーメーションラップに参加します。普通ならこのフォーメーションラップを1周した後でスターティンググリッドに整列し、ランプの合図で一斉にスタート・・・ということになりますが、今回はちょっと違います。なんと、フォーメーションラップの間、場内放送が観客を煽りたて、観客はドライバーに声援を送る、そして、その声援が高まって観客が十分盛り上がったと判断するまで先頭のマーシャルカーは延々とフォーメーションラップを続けるのです。
 結局この日は4周にわたってフォーメーションラップが行われ、やっとスタートになりました。観客も、「これが鈴鹿の観客か」と思うほど派手な声援を送ったのですが、4周はちょっと長かったような・・・

 

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 いよいよスタート。5,700cc、700馬力を誇るアメリカンV8エンジンが27台一斉に咆哮をあげた。NASCARの魅力といえば、やはり一にも二にもこの音からくる迫力にある。
 カラフルなボディカラーも、ミラービールコダックケロッグヘイズモデムなど比較的日常生活に馴染みの深いスポンサーによるところが大きい。

 

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 真剣勝負のレースであり、各コーナーではサイドバイサイドの白熱した争いが繰り広げられる。時にはそれが高じて接触につながることも。激しい接触もレースの魅力だと言ってしまうところがアメリカンレースであるかもしれない。

 

 

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 このレースに参加した日本人選手4人のうち2人。前が中谷明彦、後ろが土屋圭市中谷はナットが十分に締まっていなかったことを理由にペナルティを課されながらも予選14位を確保。決勝第一セグメントでは10位を走行し、あわや第二セグメントはトップでスタートかと思われたが、なんとガス欠でストップ。第二セグメントを終えた結果は18位となった。
 土屋はテスト中にマシンをクラッシュさせ出場そのものが危ぶまれていたが、今回唯一のオール日本人チームということで他チームからの協力も得てなんとかスターティンググリッドについた。マシンは完調でなかったようだが、第一コーナーの入り口ではマシンの右半分をほとんどコース内側のダートに放り出すほどの激しい走りを見せ、観客からやんやの喝采を浴びていた。最終結果15位は日本人ドライバーの最上位。

 

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 エンジン不調に悩まされたという脇田一輝。90年にFJでデビューし、今年は全日本GT選手権に出場しているが、正直、それほど活躍しているとは言い難い28歳のドライバー。来年はアメリカへ渡ってNASCARに挑戦するとも言われているが、残念ながら最初から最後までテールエンドを単独で走行することになった。
 もう一人出場した日本人、福山英朗は残念ながら他車との接触が原因でクラッシュに終わってしまった。この人、ごついおじさんなんだけど、身障者の介護ボランティアなんかをしてイイ人なんだけどねぇ。

 

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 本文中で触れている映画「デイズ・オブ・サンダー」は1990年公開のアメリカ映画。主演はトム・クルーズで、彼はこの映画で共演したニコール・キッドマンと結婚したことでも知られています(2001年に離婚)。映画自体は良くも悪くも「トップガン(1986年公開)」のレース版と言われており、レースシーンの迫力は十分に伝わってくるものの、作品自体の評価はあまり高くないようですが、当時はかなり大量に宣伝が行われていたため「NASCAR」や「ストックカーレース」という言葉の普及には一定の役割を果たしたとされます。

eiga.com

 

 前段で述べたように、NASCARは極めてアメリカ的な文化のもとで成立しているレースカテゴリーですが、この1996年を皮切りに合計4回にわたって日本でも開催されることとなります。1996年、1997年はこの記事のように「SUZUKA THUNDER SPECIAL 100鈴鹿サーキットの東コース(全長約2.2km)を100周することから名付けられた)」として、また1998年、1999年にはツインリンクもてぎ(栃木県)スーパースピードウェイ(全長約2.4kmのオーバルコース)を舞台に「NASCAR THUNDER SPECIAL MOTEGI Coca−Cola 500」, 「NASCAR Winston West Series Coca-Cola 500」として、それぞれ開催されました。このうち、1996年~1997年の「サンダースペシャ」と名付けられたレースはシリーズ外のエキジビションレースという扱いでしたが、1999年に開催されたレースはウインストンカップの地域シリーズであるウェストシリーズアメリカ西海岸が主要な会場となる)の一戦と位置づけられていたようです。

 ツインリンクもてぎ(2022年3月1日より名称が「モビリティリゾートもてぎ」に変更される予定)は、その名のとおりオーバル(楕円)コースであるスーパースピードウェイと複雑なレイアウトを有するロードコースという2つのサーキットを備えていることが特徴で、これを建設したホンダ(運営は同社の子会社であるモビリティランドとしてはここを通じてインディカーNASCARに代表されるアメリカンレースの人気を高めていこうと考えていたようですが、どうにもその人気が定着しなかったようで、現在ではこのスーパースピードウェイをフルに活用したレースが開催されていないのは残念です(ロードコースでは2輪のMotoGP、4輪のSUPER GT・スーパーフォーミュラなどのレースが開催されています)

 

 このレースに出場した四人の日本人選手のうち、中谷明彦氏は現在もジャーナリストとして各種メディアに登場されているほか、レーシングスクール「中谷塾」の塾長としての活動も行われています。
中谷明彦&中谷塾オフィシャルサイト

 

 また、土屋圭市氏はK1プランニング代表取締役として、各種メディアに登場するとともにレースをサポートする活動を積極的に展開されています。
土屋圭市オフィシャルサイト - K1 PLANNING – | ドリフトキング土屋圭市のオフィシャルサイト

 

 脇田一輝氏についてのレース活動歴は不詳ですが、ネット上の情報によればアメリカに渡った後、NASCARの地域シリーズの一つであるウィンストンウエストシリーズに参戦されたようです。現在は鈴鹿株式会社ワキダを経営されており、レーシングカーやモータースポーツ用品等の販売を行うとともに、「フォーミュラEnjoy」と呼ばれる安全とローコストを追求したカテゴリーのマシンのレンタル事業も行っているそうです。
K&G Racing Technology|C72・レジェンドカー・レーシングレンタル・ミッドランドオイル取扱い

 

 福山英朗氏は、この後もレースで活躍しており、1997年と2000年には全日本GT選手権のGT300クラスでシリーズチャンピオン、2000年のル・マン24時間レースではLM-GTクラス優勝(総合16位)の座を獲得しています。そして、NASCARについては、日本で開催された1997年鈴鹿、1998年・1999年ツインリンクもてぎのレースに出場した後、2002年にアメリの最高峰クラス「ウインストンカップ(現・スプリントカップシリーズ)」にスポット参戦し、2003年にはついにウインストンカップへのフル参戦を果たしました。ウインストンカップの決勝に進出した日本人(アジア人)福山氏が初めてということになります。
 現在はテレビでの解説やレーシングスクールの講師などを務められており、前述の脇田氏の経営する会社が参画している「フォーミュラEnjoy」でもドライビングアドバイザーに就任しているそうです。
プロフィール|福山英朗オフィシャルサイト-Hideo Fukuyama-
フォーミュラEnjoy - 一生涯モータースポーツ