生石高原の麓から

和歌山の歴史・文化・伝承などを気ままに書き連ねています

竈山墓(彦五瀬命の墓)(和歌山市和田)

 「和歌山あれやこれや」のカテゴリーでは、和歌山県内各地に伝わる歴史や伝承などを気ままに紹介していきます。

 

 今回は、初代天皇である神武天皇の兄・彦五瀬命(ひこいつせのみこと)の墓とされる宮内庁管轄の陵墓「竈山墓(かまやまのはか)」を紹介します。


 彦五瀬命については前項の「竈山神社」で詳述したところですが、神武天皇の兄にあたる人物で、「神武東征」の際に敵の矢を受けて亡くなり、竈山の地に葬られたと伝えられています。
竈山神社(和歌山市和田) - 生石高原の麓から

 

 上記リンク先でも紹介したとおり、もともとは竈山神社彦五瀬命の墓とは一体のものとして祀られてきたようですが、明治14年(1881)に両者が分離され、彦五瀬命の墓は「陵墓」の一つとして宮内庁の管理下に置かれることとなりました。

 「陵墓」とは、天皇皇后太皇太后太后を葬る場所である「(みささぎ・りょう)」と、皇太子親王他の皇族を葬る場所である「(はか・ぼ)」とをあわせて示す言葉で、宮内庁では、陵188、墓553など(ほかに陵墓参考地、分骨所など)の管理を行っています。しかし、これらの多くは古代の都に近い奈良・大阪・京都に集中しており、和歌山県内にある陵墓はこの「彦五瀬命竃山墓」ただひとつです。
宮内庁治定陵墓の一覧 - Wikipedia

 

 ところで、初代天皇神武天皇であり、本来の「」は神武から始まることになるのですが、上記Wikipediaの陵墓一覧には神武より前に「陵」3基、「墓」1基の記載があります。


 このうち「」については、神武天皇の曽祖父瓊瓊杵尊 ににぎのみこと)祖父彦火火出見尊 ひこほほでみのみこと 「山幸彦」とも)(鸕鶿草葺不合尊 うがやふきあわせずのみこと)が葬られた場所がいずれも鹿児島県に存在しています。これらの三つの陵は、まとめて「神代三山陵(じんだい さん さんりょう)」あるいは「神代三陵(かみよ さんりょう)」と呼ばれ、天皇陵ではないものの、これに準じた取り扱いをされています。
神代三山陵、神の足跡をたどる旅 – こころ | 薩摩川内観光物産ガイド

 

 同様に、神武天皇即位前のものであるにもかかわらず「」に位置づけられている唯一のものが「竈山墓」です。ここに祀られている彦五瀬命は前述のとおり神武天皇の兄にあたる人物であり、もしこの竃山の地で亡くならなければ神武に代わって初代天皇になっていた可能性もあったわけですから歴史上極めて重要な人物であったことは間違いありません。

 

 もちろん上記のような彦五瀬命にまつわる事象はすべて古事記日本書紀の記述に基づくものであり、これらのすべてを事実であると認めることはできないでしょうが、それでもここに描かれた物語には何らかの重要な意味が含まれていたであろうことは間違いありません。これについて、寺西貞弘氏は「地方史研究の最前線 紀州・和歌山(和歌山地方史研究会編 清文堂出版 2020)」において次のように記しており、大和政権において重要な役割を果たしていた紀の川河口周辺において、政権に敵する者たちと戦って落命した英雄たちの姿を彦五瀬命に仮託したのではないかと述べています。

神話と歴史の間

 宝鏡が祀られていたと伝えられる日前(ひのくま)は、かつて大和政権最高の神が実際に祀られていたという認識が存在したのであろう。神功皇后(じんぐうこうごう)新羅(しらぎ)遠征伝承は、その出発も帰還も紀の川河口に頼っている。雄略朝に朝鮮半島で活躍した豪族たちは、紀の川河口平野に本拠を置いた人々であった。国土支配や朝鮮半島遠征に際し、南大和に本拠を置く大和政権が、外洋への門戸を求めた時、吉野川紀の川の舟運で結ばれた紀の川河口が、まさしくふさわしかったであろう。国運を賭して遠征に向かう出征兵士たちを見送る社こそが日前宮であり、その頃実際に大和政権最高の神が祀れていたものと思われる。すなわち、大和政権の外洋への門戸が、かつて紀の川河口だったのである(園田「日本古代の貴族と地方豪族」前掲)。それゆえ、神武天皇はこの地を経由して大和に入ったことになっているのである。また、賊と戦い絶命した英雄は、この地に葬られたのである。そのことが、賊に重傷を負わされ絶命して、この地に葬られたとする五瀬命に集約されて語られたものと思われる。

 

 竈山神社の近くを走る和歌山電鉄貴志川線は、「猫の駅長」がいる鉄道として近年はおおいに人気を集めていますが、大正5年(1916)に「山東軽便鉄道」として開業した当初は竈山神社日前宮伊太祁曽神社の三社を詣でる参拝客を主要な乗客として想定していたそうで、当時から初詣の時期などには大賑わいであったようです。
貴志川線 暮らし支えて100年 | ニュース和歌山

 

 しかしながら、竈山神社は知っていても、その隣接地に宮内庁所管の陵墓があることをご存じの方は少ないと思います。宮内庁所管であるためみだりに立ち入ることははばかられますが、参拝自体は可能と思われますので、一度訪ねてみてはいかがでしょうか。


竈山墓の入口付近(県道秋月海南線沿い)