生石高原の麓から

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娘鶴 ~上富田町~

  その名の通り、豊かな水田がひろがる上富田の里。だが、かつてこのあたりは、富田川のはんらんで多くの沼ができ、芦が生い茂って、たくさんの鶴が飛来したという。

 

 400年ほど前、この村に腕ききの猟師と、心やさしい、おたえという娘が住んでいた。そこへ見知らぬ男が訪れ、「鶴を射ってくれ。高い金で買おう」と誘った。


 鶴は撃つことを禁じられていたが、猟師は「金が入れば、娘の嫁入り支度ができる」と、深夜ひそかに家をぬけ出して鶴を撃ち、その金でおたえに美しい反物を買って喜こばせた。猟師の密猟はそれからも続き、とうとうおたえに知られてしまった。

 

 おたえは必死になって止めたが、猟師は娘の願いを聞き入れなかった。ある夜、猟師は、ひときわ美しい鶴を見つけ、夢中で引き金を引いた。鶴が倒れたので駈け寄ると、それは息絶えたおたえだった。その日から、あれほど多かった鶴の群れが消えたという。

 

※富田川は、安堵山(あんどさん、標高1184m)に源を発して概ね南西に流れ、白浜町富田で紀伊水道に至る二級河川和歌山県内で現在ダムが建設されていない唯一の主要河川である。

昭和5年に発行された「伝説の熊野(那須晴次著、郷土研究会)」によれば、次のような物語とされている。

 ~安藤候が領主であった頃(概ね江戸時代)の朝来では、鶴が作物を荒らすので、領民がこれを多く射殺していた。鶴の種が絶えることを心配した安藤候が鶴猟を禁止したものの、役人の目を盗んで鶴を撃つものが絶えなかった。一人の猟師の娘が父に鶴猟をやめるよう諫めたが、耳を貸すことはなかったので、その娘はある夜、「おひづる(笈摺、おいづる、霊場巡礼の際に着用する白衣)」に身を包んでこっそりと家を出た。その夜、猟師が沼に立つ鶴を撃ったが、駆け寄ってみると倒れていたのは自らの娘であった。冷たくなった娘を抱きしめた猟師はようやく目が醒めた。~

 

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本ページの内容は、昭和57年に和歌山県が発行した「紀州 民話の旅」を復刻し、必要に応じ注釈(※印)を加えたものです。注釈のない場合でも、道路改修や施設整備等により記載内容が現状と大きく異なっている場合がありますので、ご注意ください。