生石高原の麓から

かつて開設していた個人サイト「生石高原の麓から」の内容をブログ形式に移行しています

山あいのクリスマスツリー(1996.12.24~31)

「イベント回顧録」のカテゴリーでは過去の個人サイトに載せていたイベントの記録などを再掲しています。 私の母校である紀美野町立小川小学校には、樹高35メートルと言われる大きなメタセコイアの木があります。 昨年は新型コロナウイルス感染対策のために…

ふるさと誕生日イベントin海南市(1996.11.17)

「イベント回顧録」のカテゴリーでは過去の個人サイトに載せていたイベントの記録などを再掲しています。 今回は平成8年(1996)11月に行われた「ふるさと誕生日イベント」の記録です。 下記の記録の中でも触れていますが、「ふるさと誕生日」とは、明治4年…

おいし山開き&みどりの感謝祭(1996.4.29)

「イベント回顧録」のカテゴリーでは過去の個人サイトに載せていたイベントの記録などを再掲しています。 今回は平成8年(1996)に行われた生石高原の山開きの記録です。 生石高原は、現在の紀美野町(旧:野上町)と有田川町(旧:金屋町、清水町)にまたが…

山東雑技団(1995)

「イベント回顧録」のカテゴリーでは過去の個人サイトに載せていたイベントの記録などを順次再掲しています。 はじめは、中国山東省の山東雑技団の公演の様子です。日付がないので詳細は不明ですが、おそらく平成7年(1995)頃のものだと思います。古い記事…

竹原八郎入道 ~北山村竹原~

元弘元年(1331)、討幕派の一人だった大塔宮護良親王は、難を逃れて吉野、熊野方面に落ちのびて来た。当時、竹原に住んで、一帯に勢力を張っていた十津川(奈良県)の豪族、竹原八郎入道宗規、甥の戸野兵衛良忠らは、親王を館へかくまった。

久保の小女郎 ~北山村大沼~

北山は、文字通り山の中の村だ。北山川の流れに沿って散在する集落は、いつも、ひっそりと静まり返っている。

和泉式部の供養塔 ~本宮町(現田辺市本宮町)伏拝~

なだらかな茶畑がひろがる丘陵地。その一段高いところに、伏拝(ふしおがみ)王子の祠。そして、かたわらには、笠塔婆の上に宝篋印塔の塔身とフタを積み上げた、一風変わった石碑もある。平安中期、熊野へ詣でた和泉式部の供養塔という。

猪笹王(いざさおう) ~本宮町(現田辺市本宮町)湯峰~

昔、このあたりの山野を、身の丈一丈(三メートル)もある怪物が、たたらを踏むようにしてかけ回ったという。一つ目で、口は耳まで裂けた、見るからに恐ろしい顔。しかも一本足。人々は、その足音を聞くと「一本だたらや」「猪笹王の亡霊だ」といって、ふる…

鼻そげ地蔵 ~本宮町(現田辺市本宮町)湯峰~

いわゆる「身代り地蔵」話のひとつ。温泉谷の尾根を登った峠に、自然石に刻んだ二体の地蔵があり、左甚五郎にからんだ話が、いまなお語りつがれている。

一遍上人名号岩 ~本宮町(現田辺市本宮町)湯峰~

「六字名号一遍法 十界依正一遍体 万行離念一遍証 人中上々妙好華」 湯峰温泉の道路わきにある「上人爪書きの遣跡」ともいわれる大岩には、こう刻まれていたというが、もうすっかり風化してしまい、いまは中央の「南無阿弥陀仏」の文字だけが、かすかに判読…

湯峰と小粟判官 ~本宮町(現田辺市本宮町)湯峰~

すっかり整備された国道311号線が、渡瀬のトンネルを過ぎると、とたんに九十九析れとなる。それを下りきったあたり、四村川の流れが、つかず離れずといった形で流れ下る。心なしか、湯の香が漂ってくる。そんな思いで握るハンドルは、軽い。

瀞の主 ~熊野川町(現新宮市熊野川町)玉置ロ~

瀞は三重、奈良、和歌山の三県境を流れる。あるいは深くよどみ、あるいは急流が岩をかむ。この話は、そんな神秘さをただよわせる瀞にはいかにもふさわしい。

円座石 ~熊野川町(現新宮市熊野川町)西~

「大雲取越え」をすると、中根のあたりで道のわきに、大きな石が目にとまる。「円座石」(わろうざいし)といい、別名「御茶具」「御沓形」とも。

大雲取小雲取 ~熊野川町(現新宮市熊野川町)上長井~

「伊勢へ七度、熊野へ三度」。かつて「蟻の熊野詣で」と形容された熊野三山詣では、まさに「神のこもれる国」への、素朴な信仰心がもたらしたものに他ならない。

かいもんさんと変り者 ~熊野川町(現:新宮市熊野川町)日足~

神丸の山手に、小さな祠がある。土地の人たちは、これを「かいもんさん」と呼ぶ。17世紀初頭、赤木からこのあたりまで、4キロにわたって赤木川の水を引き入れ、多くの新田をつくった太地嘉右衛門をまつるといい、毎年2月10日の例祭では、溝掃除をするのがな…

いくさ地蔵 ~古座川町添野川~

添野川の村はずれ、小川のほとりに、お地蔵さんをまつった小さな祠がある。太平洋戦争中は全国各地からお参りが続き、近くの人が「弾よけの護符」を出し、祭煙の絶えることがなかったが、平和ないまは、合格析願の学生や地元のわずかな信者がお参りするだけ。

子育てイチョウ ~古座川町三尾川~

三尾川の光泉寺に樹齢400年、樹高27メートル、幹回り6メートルという、県内最大のイチョウの巨木がある。そばに「気根(乳)に手をふれて、一心不乱に祈念するとき、日下俊斉翁の古事にのっとり、樹勢の力を得て霊験あらたか」との説明板。名づけて「子育て…

一枚岩 ~古座川町相瀬~

清らかな流れを誇る古座川。その両岸に迫る奇岩、景峰のうちでも最高の圧観は、高さ100メートル、幅が500メートルの大岩山。流れにそって、屏風のようにそそり立つ「一枚岩」に、こんな話がある。

うるしが渕 ~古座川町月野瀬~

古座川の清流が巨岩にぶつかり、深渕をなしているところがある。これを「うるしが渕」という。

大師の湯 ~古座川町月野瀬~

古座川ぞいの山峡は、神経痛や傷などに効く鉱泉が豊富。これをパイプでひいて沸かし、風呂に利用している旅館や民家が多い。別名「才の谷温泉」といい、この地方に多い弘法大師の徳をたたえる伝説がある。

少女峰 ~古座川町月野瀬~

古座川岸にあるこの山は、その優し気な名前とはうらはらに、高さ150メートルの、厳しくそそり立つ岩山。愛する人のために短かい生涯を終えた少女の、悲しい物語を秘めている。

勘九郎(かぐろ)磯 ~古座町(現:串本町)津荷~

津荷漁港から古座寄りの「津荷の鼻」を回った広い荒磯に、悲恋に散った兄妹の話が残る。

まかずの稲田 ~古座町(現串本町)古田~

弘仁元年(810)2月、この地方を訪れた弘法大師が、古田の白石新兵衛友綱方へ現われた。佛道に篤い心をもち、また大師の説法に感じた友綱は、重畳山神王寺の開基に物心両面の協力をした。

重畳山(かさねやま)の牛鬼退治 ~古座町(現串本町)神野川~

昔むかし。重畳山の奥山に「牛鬼」という怪物がいた。「われこそは」と、退治に出かける人は多かったが、だれ一人として帰って来た者はなかった。

鯛島 ~古座町目津(現串本町古座)~

目津海岸から約一キロ。海賊「藤四郎」で知られる九龍島(くろしま)の後に続くようにして鯛島が浮かんでいる。

背美の子持ち ~太地町太地~

太地の捕鯨は慶長11年(1606)に始まったといわれ、荒海での鯨との戦いは、いかにも勇壮。しかし、そのかげには多くの悲劇も生んだ。

鯨えびす ~太地町太地~

七福神で知られる恵比須さんは、海上、漁業、商業などの神として広く信仰を集めているが、この地に伝わる「えびす」は、鯨で名を売った男の話。

おこない棒 ~那智勝浦町那智山~

昔、那智山に鬼がいた。この鬼、里へ出てきては田畑を荒らし、村人たちを困らせる。 そこで村人たち、一計を案じて鬼にいった。 「もっとヒマな時に出てくればいいのに。ヒマなのは正月の元日から七日までや」

海中の井戸 ~那智勝浦町~

紀の松島で知られる勝浦湾に「モグラ水道」と呼ばれる水脈が走り、海底から真水がわきでている。全国でも珍しい海中井戸だ。 これは、文覚上人(1120~?)にまつわる、動物報恩の話。

徐福の話~新宮市徐福町~

国鉄新宮駅前から、東へ約100メートル。大きな樟が生い茂る小公園の中に、自然石の碑が建つ。碑面の字は「秦徐福之墓」。入り口には、やはり「史蹟 秦徐福墓」と刻んだ、高さ1メートルばかりの石柱。 いつも香華の絶えることのないこの墓には、はるかな昔の…