生石高原の麓から

和歌山の歴史・文化・伝承などを気ままに書き連ねています

映画「大誘拐 RAINBOW KIDS」(龍神村を舞台にした作品)

 「フィクションの中の和歌山」というカテゴリーでは、小説や映画、アニメなどで取り上げられた和歌山の風景や人物などを順次取り上げていきたいと思います。
 
 今回は、平成3年(1991)に公開された映画で、龍神村をはじめ県内各地でロケが行われた作品として知られる「大誘拐 RAINBOW KIDS岡本喜八監督 東宝配給)」を紹介します。


 この作品を監督した岡本喜八(おかもと きはち)は、「江分利満氏の優雅な生活(1963)」や「日本のいちばん長い日(1967)」などで知られる名監督ですが、中でもこの「大誘拐 RAINBOW KIDS」は出色の娯楽作と言われ、日本アカデミー賞の最優秀監督賞、最優秀脚本賞を受賞しています。


 同作は推理作家の天藤真(てんどう しん)が昭和53年(1978)に発表した小説「大誘拐(カイガイ出版部)」を原作としていますが、原作小説が「和歌山県津ノ谷村」という架空の村を舞台としているのに対し、映画では津ノ谷村のモデルとされた実在の龍神村(現在の田辺市龍神村が舞台となっています。このため、地元の龍神村だけでなく、和歌山県和歌山市などが撮影に全面協力しており、和歌山県民にとっては画面に登場するかつての和歌山の風景を眺めるだけでも楽しめる映画となっています。

 

 さて、そんな「大誘拐 RAINBOW KIDS」とはどんな作品か。ここではそのあらすじを簡単に紹介します。

 刑務所で仲間になった三人の若者風間トオル内田勝康、西川弘志は、更正するための最後の資金稼ぎとして「紀州の最後の山林王」として知られる柳川家の当主・柳川とし子北林谷栄の誘拐を計画します。

 誘拐に成功した三人はとし子和歌山市内に準備した隠れ家に連れて行こうとしますが、その途中の車中でとし子は「県警本部長の井狩大五郎緒形拳切れ者なので、そんな計画はすぐに見破られてしまう」と三人を諭し、奈良県の田舎に住むかつての柳川家の女中頭・くら樹木希林の家を隠れ家にするよう指示するのです。


 このあたりから、本来の誘拐の首謀者である三人の若者と被害者であるはずの柳川とし子との力関係が微妙に変化していくのですが、それが決定的となるのはとし子が自分の身代金の額を尋ねた時でした。若者らが精一杯背伸びをして示した「5000万円」という額を聞いたとし子はいきなり血相を変えて怒り出したのです。
アンタ。この私をなんと思うてはる! 痩せても枯れても大柳川家の当主やで。見損のうてもろうたら困るがな! はしたはめんどやから金額は切り良く100億や! それより下で取引されたら末代までの恥さらしや! ええな! 100億やで! ビタ1文まからんで!
 なんと人質自らが身代金の値上げを言いだしたばかりか、その額を100億円という途方もない金額に設定してしまったのです。
 これで誘拐犯の力関係は完全に逆転。ここからは誘拐グループの実質的なリーダーとなった柳川とし子と、柳川家の経済的援助を受けて多浪の末にようやく東大に進学できたことからとし子を生涯の恩人と慕う県警本部長・井狩大五郎との知恵比べとなっていきます。

 

 しかし、とし子の作戦は和歌山県警を翻弄し、遂にはテレビ和歌山による誘拐犯からのメッセージの生中継が行われることになりました。そこでカメラの前に立ったとし子は、「100億という身代金は途方もない額だが、この機会に私の財産をすべて子供たちに贈与するので、多額の税金を納めてもまだ200億円ほどの資産がのこるはず。」などと身代金捻出の方法をこと細かに説明し、子供たちに力をあわせてこの難局を乗りきるよう指示を与えました。


 もともと仲の良くなかったとし子の子供たちはこの指示を聞いて発奮。一致協力して100億円の捻出に成功すると、犯人の指示どおりその札束をヘリコプターに積んで紀伊半島の山間部に向かわせました。
 ところがヘリコプターは山中で迷走を繰り返し、やがて消息を絶ってしまいます。後に発見されたパイロットの証言によれば100億円は海外に持ち出された可能性が高いのではないかと思われ、結局迷宮入りとなってしまったのでした

 

 果たしてその真実は・・・
(ここで結末まで書いてしまうのは野暮なので、気になる方はサブスクやレンタルで映画本編を見てください。どうしてもという方にはWikipediaに結末までのあらすじが紹介されています。)

 

 ちなみに、この作品の劇場公開時の予告編はyoutubeで現在も見ることができるようです。

m.youtube.com

 

 この映画の見所は、なんといっても82歳の大富豪・山林王を演じる北林谷栄の快演に尽きます。可愛いらしくて、威厳があって、頭が切れて、度胸が座っている憎めないおばあちゃん。年寄りを格好良く描いた映画としては日本映画のトップレベルに位置するのではないかと思います。

山中でテレビの生中継に応じるとし子

 とくにラスト近く、事件が迷宮入りとなった後に井狩大五郎とし子のもとを訪れて真相を確かめようとするシーンは、色々な感情が交じりあった複雑なところですが、実に印象に残る良いシーンでした。

自分が育てた龍神の山を眺めるとし子と井狩

 また、冒頭で書いたように、この映画には和歌山県内の色々な場所が登場しています。

 

 井狩本部長の誘拐犯への回答を放送したり、犯人からのメッセージを生中継したりと大活躍を見せたテレビ和歌山は、スタジオや正面玄関、社長室など何度も重要な場面で登場しています。

井狩本部長がテレビ和歌山のスタジオから犯人にメッセージを送る

誘拐犯からのメッセージを中継する車両がテレビ和歌山の玄関に到着

 

 「紀州の山林王」柳川家の建物は実際に田辺市龍神村林業家の自宅であった古民家だそうで、現在はゲストハウス「吉祥(KISHO)」となっているとのことです。
第50回 田辺市龍神村・緒方様「映画の舞台で宿泊」 - スエタカ田舎暮らしレポート リゾート&田舎暮らし和歌山県

 

 和歌山県警本部長の部屋として登場する部屋は、背景に和歌山城が大きく見えていることからおそらく和歌山市役所ではないかと思います。

井狩本部長の部屋

 また、ごく短いカットですが、誘拐事件の行方を見守るために全国民がテレビにかじりついて町中が閑散としている、という状況を表すシーンに映っているのは、おそらくノーリツ鋼機和歌山大学だと思います。この頃、和歌山大学はまだ現在の栄谷キャンパスに移転して間もないときで、教育学部と経済学部の2学部体制でしたから、今とはずいぶん雰囲気が違うように思います。

 

 

 この映画には、上で名前を挙げた役者さんのほかにも天本英世竜雷太常田富士男神山繁岸部一徳嶋田久作など、ひとくせもふたくせもある顔ぶれが勢揃いしており、かなり豪華な作品となっています。制作が岡本喜八監督自身のプロダクション主体の制作委員会であったことから配給収入は約5.5億円とそれほど高くはなかったようですが、それでも黒字を確保するには十分だったようです。大手制作会社が関わって前宣伝などが大々的に行われていたら、もっと人気が高くなっていたのかもしれませんね。

 

 ところで、この作品の原作となった「大誘拐」という小説は映像制作者にとってよほど魅力的であったようで、Wikipediaによればこの岡本喜八監督作品以外にも昭和56年(1981)に読売テレビの2時間ドラマ、平成30年(2018)に東海テレビの開局60周年記念スペシャルドラマとしてそれぞれ制作・放映されたほか、韓国でも徹底的なコメディ作品としてリメイクされた「大誘拐~クォン・スンブン女史拉致事件」が2007年に公開されたそうです。
大誘拐 - ドラマ詳細データ - ◇テレビドラマデータベース◇
大誘拐2018 | 東海テレビ開局60周年記念スペシャルドラマ
amazon/大誘拐 クォン・スンブン女史拉致事件

 

 とはいえ、この映画の面白さの大半は北林谷栄演じる山林王当主の人的魅力、井狩大五郎に言わせれば「獅子の風格と、狐の抜け目なさと、パンダの親しさを兼ね備えた」という人物像にあるわけで、これが見る側に伝わらなければ面白みは半減してしまいます。

 こうした点で、完全なるコメディに振り切ったと思われる韓国作品は別としても、読売テレビ版の水の江滝子(賢さはピッタリですが、都会の香りが強く、山林王のイメージはやや弱い)東海テレビ版の富司純子(奇しくも和歌山県御坊市生まれですが、ふくよかさがなく、まだちょっと枯れきっていない)ともに北林谷栄と比較するとどうしても不足している点に目が行ってしまいそうです。

 

 ということで、元気なおばあちゃんの大冒険活劇が観たい方には絶対のお勧めです。今となっては携帯電話やGPSなどで簡単に解決できる事柄でも30年前にはまだまだ実用化されていなかったということを念頭に置きさえすれば今でも十分に楽しめる作品だと思いますよ。