生石高原の麓から

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’97 F1日本グランプリ(1997.10.10~12)

 「モータースポーツ回顧録」のカテゴリーでは、過去の個人サイトに掲載していたモータースポーツ関連の記事を再掲していきます。

 今回の記事は1997年10月に鈴鹿サーキットで開催された「F1日本グランプリ」の話題です。

 

 鈴鹿サーキットで開催された1997年のF1日本グランプリ。前年のこのレースはシリーズ最終戦(第16戦)として開催されましたが、この年はこの後に第17戦ヨーロッパ・グランプリ(スペイン ヘレス・サーキット)が開催されることになっていたため、残り2戦という状況での開催でした。
 この時点でのドライバーズチャンピオン争いについては、前戦までのポイントがウィリアムズジャック・ビルニューブヴィルヌーヴ77ポイント、フェラーリミハエル・シューマッハ 68ポイントとなっており、もし今回のレースでビルニューブシューマッハより上位で入賞すれば最終戦での逆転は不可能となる(優勝者は10ポイントを獲得)ことから、ビルニューブのタイトルが確定するという状況となっていました。

 

 日本関係で言えば、この年はドライバーでは6シーズン目となる片山右京がミナルディチームから参戦したほか、中野信治がレギュラードライバーとしては5人目中嶋悟鈴木亜久里井上隆智穂片山右京に次ぐ)の日本人ルーキーとしてプロストチームから参戦しています。また、マシン関係では中野信治が所属するプロストチーム無限(ホンダ)エンジンを使用、アロウズチームヤマハエンジンを使用していることに加え、この年からF1に参入したブリヂストンミナルディプロストアロウズスチュワートの4チームにタイヤを供給していました。
歴戦の記憶 1997 | 資料室 | スペシャルコンテンツ | ブリヂストンモータースポーツ


 また、ティレルチームにはスポーティング・ディレクターとして中嶋悟が参加しており、国内のフォーミュラ・ニッポンで活躍していた高木虎之介がテストドライバーに加わっているなど、この当時は様々な分野で日本人・日本企業がF1に関わっており、現在よりももっとF1が身近に感じられた時代であったと言えるでしょう。

 こうした背景を踏まえて以下の記事を御覧いただくとより一層面白いのではないかと思います。

 

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Fuji Television Japanese Grand Prix 1997
1997 F1 日本グランプリ

 

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 レースファンにとっては一年に一度の「お祭り」であり、ホンモノの「世界一のドライバーたち」が全力で闘う姿を間近に見られる唯一の機会である「エフワン」が今年も鈴鹿サーキットにやってきました。
 今年のF1世界選手権は、誰もが昨年のチャンピオンチームであるウィリアムズ・ルノーのマシンと、昨年ルーキーながらチャンピオンのデーモン・ヒルと互角の勝負を繰り広げたジャック・ビルニューブが圧倒的な強さを見せるものと思っていました。
 ところがシーズンが開幕すると、ジャックの安定した速さは疑うべくもないものの、フェラーリに乗るミハエル・シューマッハの意外な強さが明らかになってきました。これまでは、優れた力を持ちながら内部のゴタゴタが尾をひいて最後はチームワークの乱れから勝てるレースを落としてしまうというような感じが強かったフェラーリですが、昨年からフェラーリのドライバーとして迎えられたシューマッハが、このチームを見事に「勝つための軍団」へと変身させてしまいました。「とにかく、シューマッハの言うとおりにすれば勝てるらしい」という意識がチーム員に浸透したとき、フェラーリには1979年のジョディ・シェクター以来18年ぶりのワールドチャンピオン・タイトルが見えてきたのです。
 とはいえ、現在のドライバーズタイトル争いは、ビルニューブ77点、シューマッハ68点となっており、今回の鈴鹿ビルニューブシューマッハより1ポイントでも多く獲得すればビルニューブ世界チャンピオンを獲得することになっていました。

 このような状況のなか、フェラーリチームは、金曜日のフリー走行ではアーバインが予選を目標にしたセットアップを担当し、シューマッハが決勝レースを想定したテストを担当するなど周到な作戦でスタートしました。この作戦が功を奏したのか、土曜日の予選でも前戦までのウィークポイントであった「最高速の低さ」を感じさせない速さを見せ、見事にシューマッハ2位、アーバイン3位を獲得することになりました。
 これに対して、ウィリアムズ勢はビルニューブポールポジションを獲得したものの、同僚のフレンツェンが6位に留まり、結果としてこの予選順位の差が決勝結果を大きく左右することになったのです。
 さらに、ビルニューブは、土曜日朝のフリー走行で、危険を知らせる黄旗が降られている区間で減速しなかったとしてペナルティを受け、イタリアGPで課せられていた「9レースの執行猶予付き1レースの出場停止」処分の執行猶予が取り消されたことによって、日本GPの出場停止処分を受けることになってしまいました。チームの控訴によって暫定的に出場が認められることになったものの、審判の結果によっては今回のレース出場自体が全く無駄になってしまう恐れもあり、ビルニューブ日本GPはなんとも気合いの入らないものとなりました。

 そして迎えた日曜日の決勝、ビルニューブがとった戦略は「シューマッハを抑えきって、他の誰かがシューマッハを抜くのを期待する。それによってシューマッハの選手権ポイントを1点でも低くする。」というものでした。これに対して、シューマッハは同僚のアーバインと「ビルニューブがシューマッハを抑えにかかれば、アーバインが前に出て、ビルニューブを抜く。」という戦略を想定していました。結局レースは両チームの思惑どおりに進み、1周目の結果は1位ビルニューブ、2位シューマッハ、3位ハッキネン、4位アーバインとなりました。ここで、シューマッハアーバインに先行させることを決め、2周目の逆バンクでアーバインが2位に上がりました。そして、アーバインは3周目のシケイン手前のプレーキング競争であっけなくビルニューブをパス、猛烈なスピードでトップを一人独走し始めます。

 シューマッハビルニューブに前を抑えられながらも冷静なドライビングを続け、20周目、ビルニューブがピットインをした隙にタイムを縮め、ピットアウト時のわずかなタイミングを見事に突いて順位を変えました。そして迎えた25周目、それまでトップを悠々と独走していたアーバインが急にスピードダウン。「マシントラブルか?」と誰もが思った瞬間、シューマッハに先行させたアーバインは、ビルニューブを後ろに従えてこれまでと何ら変わらないスピードで走り続けます。その時、アーバインの意図を察したスタンドのフェラーリファンから大きな歓声が上がりました。そうです、自動車メーカー同士の争いが華やかなりし頃の1960年代のスポーツカーレースではよく見られた光景、「エースドライバーに勝たせるために、セカンドドライバーがライバルチームのマシンをブロックする」という作戦が現代のF1に蘇ったのです。

 理不尽と言われようが、卑怯と言われようが、とにかく勝つためには何でもする、そしてそのチームプレーに徹したドライバーがこれまで「暴れん坊」と呼ばれ続けてきたアーバインである、ということに私は結構感動してしまいました。

 結局レースはこのフェラーリのチームプレーが完璧に成功し、シューマッハは完勝を遂げました。これで選手権ポイントはシューマッハ78点、ビルニューブ79点(今回のレース結果が無効と判断されれば77点)となり、いずれにしても次回のレース、最終戦ヨーロッパGP(スペイン・へレスサーキット)で全てが決定することになりました。

1997 F1世界選手権第16戦
 F1日本グランプリ レース結果
 順位  ドライバー チーム
マシン
 1位   ミハエル・シューマッハ   スクーデリア・フェラーリ
 フェラーリF310B 
 2位   H・H・フレンツェン   ロスマンズ・ウィリアムズ・ルノー 
 ウィリアムズFW19 
 3位   エディ・アーバイン   スクーデリア・フェラーリ 
 フェラーリF310B 



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 10月10日、鈴鹿で記者会見し、今季限りでF1から引退することを発表した片山右京ミナルディ・ハート)。6年間のF1生活にピリオドを打ち、今回が日本での最後のレースということになりました。
 個人的には、FJ1600を卒業してフランスへ武者修行に出た頃から応援していたドライバーだけに、ここのところチームや体制に恵まれない状態が続いていたことが残念でなりませんでした。来シーズンはミナルディもこれまでの非力なハートV8エンジンより強力なフォードV10エンジンが使えるようになるところから、もう少し上位を狙えるだろうと期待していただけに、突然の引退発表は残念でなりません。
 しかし、報道を聞いていると、右京本人はすでにかなり前から引退を考えていたようで、ある意味では自分の限界を悟っての結論だったのかもしれません。引退後は登山の道に進みたいという希望もあるようで、エベレストの単独無酸素登頂をめざすというような情報も新聞では報道されていました。
 レース結果は残念ながらエンジントラブルでリタイヤということになってしまいましたが、予選では他チームには離されたもののV8エンジン勢ではトップ、コンピュータ・シミュレーションの結果をも上回る1分38秒583というタイムを叩き出したことに賞賛の声が上がっていました。

 

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 プロスト・無限・ホンダのセカンドドライバーとして今季F1デビューを果たした中野信治。時折鋭いところを見せるものの、残念ながら中野にとっては今年は勉強の年となってしまいました。
 来期はプロストチームから放出されることが決定しており、動向が注目されていましたが、ここへ来て、引退した右京の後任としてミナルディチームに加入するのではないかという観測が流れて来ました。一番の問題はスポンサーということになりそうで、日本人ドライバーに対してこれまで優先的にサポートしてきたJT(日本たばこ)の支援が得られれば、中野のF1残留の可能性はかなり高いと言えそうです。ただ、これも中野の現在のチームスポンサーがゴロワーズ(フランスのタバコ会社)であるところからそれほどスムーズには行かないという話もあり、まだ不確定要素が多いということになりそうです。
 レース結果は残念ながらホイールのトラブルによるリタイヤ。また予選もかなりのスピードで走っていた最後のアタックラップ中に黄旗が降られ、減速を余儀なくされたため15位に留まるなど、初めてのホームグランプリに錦を飾ることはできませんでした。

 

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 もともとピットワークが速いことで有名なフェラーリチームでしたが、今回の日本GPでは文字通り「完璧」な仕事をやってのけました。
 追い抜きが非常に難しいと言われる鈴鹿サーキットシューマッハが選んだ戦略は、「ピットワークで差をつけて、ビルニューブがピットインしている間に抜く」というものでした。そして、実際にそのとおりのことがコース上で行われましたが、この時シューマッハビルニューブとのタイム差はほとんどゼロ。100分の数秒のビット作業の差が結果的にシューマッハを優勝に導いたのですから、今回のレースはまさにチームの勝利であったと言えるでしょう。

 

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 右手をコックピットから突きだして勝利の喜びを表現しながらチェッカーフラッグを受けるミハエル・シューマッハ
 エディ・アーバインとの共同作戦、チームの完璧なピットイン作業などシューマッハを勝利に導いた要因は数多くあると言えるものの、それら全てのベクトルを「勝利」という形あるものに結びつけていったのはなんといってもシューマッハの卓越した才能であると言えるでしょう。
 セナプロストマンセルなど歴代の世界チャンピオンはそれぞれに素晴らしい才能を有していたものの、これほどまでにチーム全体を一つにまとめるという力を発揮したドライバーはいないというのが衆目の一致するところです。

 

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 ピットウォールの上に立ってシューマッハアーバインのゴールを喜び合うフェラーリのスタッフ達。
 今日のレース展開によってはビルニューブにチャンピオンを決められてしまう恐れもあっただけに、堂々のレース展開で勝利をものにしたことによって、最終戦へレスに向けてのチームの士気はいやがうえにも高まることでしょう。 

 

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 表彰台でトロフィーを高々と掲げるシューマッハ。これだけ嬉しそうなシューマッハの姿を見るのは久しぶりのような気がします。
 3位にはセカンドドライバーとしての役割を完璧に果たしたエディ・アーバイン。もしかしたら優勝のチャンスがあったかもしれないレースをチームプレーのためにシューマッハに譲ったとはいうものの、エディの表情は晴れやかでした。観客もまたエディの仕事を十分に理解しており、観客席からの拍手や声援は勝ったシューマッハよりもエディに対してのものの方が多いほどでした。
 2位にはウィリアムズハインツ・ハラルド・フレンツェンが入りました。ビルニューブが後退してからは唯一人シューマッハを追い上げる速さを見せ、最終ラップ直前には周回遅れのデーモン・ヒルを抜きあぐねたシューマッハに1.1秒差まで迫りましたが、結局トップを奪うほどの力をみせることはできませんでした。決して遅くはないのですが、流れからみれば最初から最後まであくまでも「脇役」にしか過ぎなかったという印象が強いレースになってしまいました。

 

Drivers, Drivers, and Others

 

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 シューマッハより1ポイントでも多く獲得すればF1参戦2年目にして世界チャンピオンのタイトルを手中にできるという条件で日本GPに臨んだジャック・ビルニューブ(ウィリアムズ)
 しかし、土曜日のフリー走行での黄旗無視によって予選失格、出場停止処分を受けることになりました。具体的な取り扱いは10月21日の裁定委員会で結論が出る予定ですが、「ルールはルール」という雰囲気が強く、ビルニューブのチャンピオン獲得に対して逆風が吹き始めたようです。
 「あの程度の黄旗無視で出場停止とは処分が重すぎるのではないか」「ヨーロッパ大陸以外のドライバーに世界チャンピオンを与えたくないというFIA国際自動車連盟)の政治的意図があるのではないか」などと外野席の声は高まっていますが、とりあえず日本GP終了後の現時点では、最終戦のヨーロッパGPシューマッハを抑えて圧倒的な速さで優勝を遂げることしかないのではないでしょうか(最終戦で出場停止になるという噂もあるようですが、それはちょっと無茶だよね)

 

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 レース前のオープンカーパレードに参加したエディ・アーバイン
 優勝したシューマッハから、「エディが僕の状況を理解していてくれたから、今日の結果がある。これ以上のチームメイトはないよ。」と絶賛されたドライバーですが、それがエディだというところがなんとなく面白い。
 全日本F3000に出ていた頃は、「速いが危ない奴」という評価を受けており、F1ドライバーになってからも当時全盛を誇っていたアイルトン・セナに突っかかっていくなど鼻っ柱の強い所を見せていたエディなんですが、それがいつの間に「完璧なセカンドドライバー」になっていたんでしょうか(^^;
 とはいえ、2周目に逆バンクでアウト側からシューマッハハッキネンを抜いていったエディのマシンコントロールは、観客も解説者も唖然として声が出ないというほどの素晴らしさでした。いくら鈴鹿をよく知っているからといって、あの場所であんなふうに前の車を抜けるなんて、やっぱり並の才能でないことは明らかでしょう。 

 

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 一時期はシェル石油のコマーシャルにも出演していて、アイルトン・セナ亡き後のF1界美形ヒーローNo.1になるかと期待されていたミカ・ハッキネンマクラーレンメルセデスですが、残念ながら日本での人気はブレイクしなかったようです。
 ここ数年、不振にあえいでいたマクラーレンですが、メルセデス伝統のシルバーアロー・カラーを身にまとった今年はクルサードが開幕戦のオーストラリアと第13戦のイタリアで優勝し、王者復活の狼煙を上げました。
 スピードだけからいえば、クルサードには一歩もひけをとらないどころか、むしろ上回る力をみせるハッキネンですが、鈴鹿直前の2レース、オーストリアルクセンブルグではトップを快走しながらマシントラブルでリタイヤに終わるなど、どうも実力に結果が付いてこないという結果が続いています。
 今回の日本GPでも、予選、決勝ともアーバインに次ぐ4位と悪くはない結果なのですが、大活躍を期待していたファンにとってはちょっと物足りないレースとなってしまいました。

 

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 昨年の世界チャンピオン、デーモン・ヒル。昨年所属していたウィリアムズチームから放出され、今年はカーナンバー1を手みやげにアロウズヤマハへ移籍しました。
 8月のハンガリーGPではラスト2周まで圧倒的な速さでトップを快走し、「ヤマハエンジンの初優勝か!」と思わせたのですが、無念のエンジントラブルでリタイヤ。それ以外のレースではマシントラブルにも災いされ、完走すらままならないという気の毒なシーズンになってしまいました。
 来シーズンは無限エンジンを獲得したジョーダンチームのエースとして迎えられることが決定しており、今年よりは良い成績が残せるとは思いますが、なんだかこの人、「逆境に弱い」というイメージがあるんですよね。大丈夫だろうか、無限は(^^;

 

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 家庭用ゲーム機を使って鈴鹿サーキットの攻略法を妻の久美子後藤久美子から教えてもらっているジャン・アレジベネトンルノー。「シケインは、根性よ」というアドバイスは役に立っているのでしょうか(^^;
 こちらも来シーズンはザウバーへの移籍が決定していますが、今年のベネトンウィリアムズと同じエンジンを有しながらもいまいち強さを発揮しきれないマシンに翻弄されてしまったように思われます。
 今回の鈴鹿では他チームの意表を突いた3回ピットストップ作戦を敢行しましたが、結局それでもビルニューブについで6位をゲットするのが精一杯と、どうにもフラストレーションのたまる結果になってしまいました。

 

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 1987年に鈴鹿で初めて開催されたF1ではフェラーリで優勝、また1991年にはマクラーレンでセナにトップを譲られて優勝と、鈴鹿で2回の優勝経験を持つゲルハルト・ベルガーベネトンルノー。1991年のベルガーの予選タイム1分34秒700は歴史上鈴鹿サーキットを走った車のうちで最も速いタイムとして記録されています。
 これまでの鈴鹿でのF1レース全てに出場しているベルガーですが、やはり体力的な限界か、引退の噂があちこちで聞かれるようになってきました。10月17日に地元オーストリアで引退を正式に表明するということですが、彼にとっては病気からの復帰直後に見事優勝を果たした第10戦ドイツGPが花道を飾るレースになってしまったようです。
 今回の鈴鹿ではモチベーションが切れてしまったか、いつものベルガーらしい豪快な走りはあまり感じられず、予選5位、決勝9位と平凡な結果に終わりました。 

 

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 フジテレビのピットレポーターとしてレース開催直前の右京を訪れた鈴木亜久里近藤真彦
 亜久里は、自身がリジェチームに所属していた当時、シーズン途中で実質的にシートを失うという形で事実上の引退を余儀なくされただけに、右京に対して「これだけ多くの人に声援を受けながら引退できるんだから、右京がうらやましい」というような事を言っていました。たしかに、亜久里には「引退レース」っていうのがなかったんですよね。
 また、日本GPを前に、亜久里は自動車用品販売大手のオートバックスと共同でオーディションにより若手有望ドライバーを発掘、育成し、最終的には本当の意味で世界に通用するF1ドライバーを生み出すことを目的とした「ARTA(Autobacs Racing Team Aguri F1 PROJECT」を発表しました。これは、自分自身が「金によってシートを買った日本人F1ドライバー」であったことの反省から、本当に実力で世界に認められ、トップチームから三顧の礼をもって迎えられるようなドライバーを育てるようなシステムを作りたいという亜久里の強い希望が形になったものです。そういう形で自分自身を見つめ直し、後進のために努力を惜しまない亜久里の情熱には頭が下がります。 

 

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 ティレルチームのスポーティング・ディレクターの肩書きを持つ中嶋悟
 今シーズンはヨス・フェルスタッペン、ミカ・サロの2人のドライバーを有して闘ってきましたが、ミナルディと同じくV8エンジン(こちらはフォード)の非力さはいかんともしがたく、第5戦モナコGPでピットストップ無しという奇策に出てミカ・サロが5位を獲得したのが精一杯という成績でした。
 来年は、いよいよ日本期待のヤング・タイガー高木虎之介がレギュラードライバーとしてティレルのシートに座ることが正式に発表されましたが、併せてエンジンもこれまでのV8からV10(今年のジョーダン仕様)にパワーアップされることになっており、今年を上回る成績が期待されそうです。

 

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 F1グリッドガールとして今回ポールポジションを獲得したジャック・ビルニューブの横に立つことになったのが梅宮アンナでした。
 話題の人物、とびきりの有名人ではあるのですが、案外場内での紹介やテレビでの扱いが小さかったような気がするのですが・・・(^^;

 

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 今回の鈴鹿サーキットに登場した人物の中で最も意外だったのが、羽田孜太陽党党首・元内閣総理大臣でした。
 しかも、土曜日の予選、日曜日の決勝ともに姿を見せ、決勝後の表彰式ではトロフィーのプレゼンターも努められていました。
 そういえば、モータースポーツ専門誌「AUTO SPORT」の9月15日号には「羽田孜元首相、モータースポーツを語る」という特別インタビューが掲載されており、案外(失礼!?)モータースポーツにも関心が深いことを語っていたのが今回の訪問の前フリだったのでしょうか。いずれにしても、こうして政治家がサーキットを訪れることによってスポーツとしてのレースの社会的地位が少しでも高められれば、日本人の世界チャンピオン誕生にいくらかは近づくのではないでしょうか。

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 この日のレースでは5位でチェッカーを受けたジャック・ビルニューブ(ウィリアムズ)ですが、前述のとおり、これはウィリアムズチームが出場停止処分について国際控訴裁判所(ICA)に控訴した結果として暫定的に出走を認められたものであり、その正式結果は後日の裁定に委ねられることとなっていました。
 ところが、その後ウィリアムズチーム国際自動車連盟FIAの裁定前にICAへの訴えを取り下げたため、ビルニューブの出場停止処分は確定し、鈴鹿でのレース記録は無効となってしまいました。これにより、最終戦ヨーロッパGPを残してドライバーズチャンピオン争いはシューマッハ 78ポイント、ビルニューブ 77ポイント(今回のレース結果が有効であれば79ポイントになっていた)と逆転したのです。
 そして迎えたヨーロッパGPシューマッハビルニューブは激しいトップ争いを演じますが、48周目に両者が接触し、シューマッハはリタイアとなりました。この結果、後半にペースを落としたビルニューブは3位を獲得して見事チャンピオンの座に輝いたのです。
FIAは、この接触シューマッハの「深刻な過失」により引き起こされたと判断し、「1997年のF1ドライバーズ選手権の結果からシューマッハを除外する」ことを決定した。
1997年ヨーロッパグランプリ - Wikipedia

 

 上記本文中で鈴木亜久里 ARTA F1 Project(後に ARTA Project に名称変更)を立ち上げて日本人F1ドライバーの育成に乗り出すというトピックスを紹介しています。これは、その名称にもあるように自動車用品販売大手のオートバックス鈴木亜久里がパートナーを組んだもので、その後、レーシングカート大会の開催や、自らのレーシングチーム運営など様々な分野に活動範囲を広げていきました。
 そして、こうした活動の頂点とも言うべきものが、2006年から2008年にかけてのスーパーアグリF1チームによるF1グランプリへの参戦でした。これは、日本に本拠地を置く独立系(ホンダ、トヨタといったメーカーチームではない)のチームがF1にフル参戦する初めてのケース(メインスポンサーが日本企業となるチームはこれまでも存在したが、チームそのものの本拠地を日本に置くチームは2022年までスーパーアグリ以外にはない)であり、当初はエンジン(ホンダ)タイヤブリヂストンドライバー佐藤琢磨井出有治の全てが日本に籍を置く「純日本チーム」であることを最大のアピールポイントとしていました。
 参戦初年度の2006年は旧式マシンをベースにしたレースカー(SA06)の戦闘力不足や第2ドライバーである井出有治スーパーライセンス剥奪など様々な問題が噴出して厳しいシーズンを送りましたが、2007年にはようやくマシンの戦闘力も向上して、佐藤琢磨が第4戦、第6戦で入賞しポイントを獲得するなど明るい話題も何度か提供されました。しかしながら、チームは恒常的に資金不足に悩んでおり、結果的には2008年の第4戦を最後にF1から撤退することになってしまいました。
 華々しい実績は残せませんでしたが、このスーパーアグリF1チームの挑戦は今も多くのモータースポーツファンの心に深く焼き付いていることでしょう。

ja.wikipedia.org

 スーパーアグリがF1から撤退した後も、その母体となった ARTA Project では様々なカテゴリーでレース活動を続けています。一時期はレーシングカートF3GT選手権SUPER GTフォーミュラ・ニッポンなどの分野に参戦していたほか、ヨーロッパのF3アメリカのインディカー・シリーズにも挑戦していました。近年は規模を縮小してきたものの、2022年も SUPER GT へ引き続き参戦するほか、若手ドライバーの育成のために全日本カート選手権への支援も行っていく予定だそうです。

www.alnex.jp