紀の川の水面がキラキラと輝やき、その向うに、飯盛山がなだらかな起伏をみせていた。 飯盛山(標高746メートル)と竜門山(757メートル)で、紀の川流域と区切られた鞆渕には、後堀河天皇(在位1222~1232年)の局となった鶴千代姫が、天皇のはからいで石清…
粉河寺から東へしばらく行くと、小山にはさまれた小広い一角にたどりつく。このあたりが白拍子・籠祇王(ろうぎおう)が、捕われの父のために舞いを舞ったところという。
広い境内は、閑散としていた。大門のあたりのざわめきも、枯山水の石庭のあたりまでは届かず三々五々、本堂を訪れる参拝客の、ひそやかな話し声だけ。
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