生石高原の麓から

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重畳山(かさねやま)の牛鬼退治 ~古座町(現串本町)神野川~

昔むかし。重畳山の奥山に「牛鬼」という怪物がいた。「われこそは」と、退治に出かける人は多かったが、だれ一人として帰って来た者はなかった。

 

 そのうち、神野川(このがわ)の鉄砲のうまい若者が、ある日、鉄砲と笛を持って出かけた。夜になってから若者は大木に上り、笛を吹いたところ、カスリの着物を着た娘が現われた。


 「これぞ牛鬼の化身」と、鉄砲を撃って仕とめたが、よせばいいのに、村人たちの制止も間かず三日後の朝、現場へ行くと大きな骨がゴロゴロ。これを見た若者は、残っていた牛鬼の魔力で発狂し、「大きかった、大きかった」と、うわ言をくり返したあと絶命した。


 神野川では、いまでも山祭りの日には山へ入らない人もいるが、標高302メートルの重畳山には舗装された自動車道がつき、沿道には特産ポンカンがみのり、春はサクラが多くて登山者が多い。

 

(メモ:重畳山への登山路はいくつもあるが、神野川からだと車で山頂近くまで行ける。国鉄紀勢線古座駅から歩いて1時問余り。車で約20分。)

重畳山の山頂付近からの展望
  • 重畳山(かさねやま)は、旧古座町(現在は合併により串本町)にある標高約302メートルの山。紀伊半島の最南端にあり、標高は低いものの周辺の段丘地形の中で突出した山であるため、古くから船乗りや漁師たちがこの山を自船の位置確認の目印としてきた。
  • 重畳山の山頂近くには「重山神社(かさねやまじんじゃ)」がある。「和歌山県地名大辞典 角川書店 1985」の「重畳山」の項では、同社について次のように解説されており、旧町名の古座もこの神社にちなんだ地名であるとする。重山神社に隣接する「神王寺」は、重山神社の神宮寺(神仏習合思想に基づき神社に附属して建てられた仏教寺院)で、弘法大師空海の開基と伝えられる。

重山神社の歴史は古く宝亀10年(779)ごろの創建と伝え、祭神は姫神という。
中根七郎氏著の「古座史談」によれば「滝姫神とは筑前に祀る宗像三神にて、多岐都比売命を主神と」するとある。
山麓には、姫川神野川(このがわ)・古座神座 こうざ)のように、当社の祭神にちなんだ集落名が見える(続風土記)。

※筆者注:宗像三神(むなかたさんしん)とは、古事記の表記に従えば 多紀理毘売命(たきりびめ)・市寸島比売命(いちきしまひめ)・ 多岐都比売命(たぎつひめ)の三柱の女神で、海上交通の平安を守護する神として全国で祀られている。

  • 牛鬼(うしおに、ぎゅうき)」は主に西日本に伝わる妖怪で、多くは海岸に現れ、浜辺を歩く人間を襲うとされている。Wikipediaでは、次のような解説がなされている。

各地で伝承があり、その大半は非常に残忍・獰猛な性格で、毒を吐き、人を食い殺すことを好むと伝えられている。ただし、その中の一部には悪霊を祓う神の化身としての存在もいる。
伝承では、頭が牛で首から下は鬼の胴体を持つ。または、その逆に頭が鬼で、胴体は牛の場合もある。
また、山間部の寺院の門前に、牛の首に人の着物姿で頻繁に現れたり、牛の首、鬼の体に昆虫の羽を持ち、空から飛来したとの伝承もある。
海岸の他、山間部の中、にも現れるとされる。
特に淵に現れることが多く、近畿地方や四国にはこの伝承が伺える「牛鬼淵」・「牛鬼滝」という地名が多く残っている。

  • 妖怪の研究者としても知られる和歌山大学システム工学部の中島敦教授は、熊野新聞に連載した「怪しの熊野」という一連の記事の中で「其の四十九 古座の怪異(2016.12.17)」として牛鬼について次のように記載している。昭和49年(1974)に目撃者が出たとのことであるが、これについては次項を参照のこと。

また、重畳山(かさねやま)の牛鬼(ウシオニ)の話は恐ろしい。
ギュウキではなく、ウシオニだ。
全身が真っ黒い毛におおわれた牛に似た巨大な怪物で、重畳山をゆり動かさんばかりの大声で吠える。
相手の背後に実体を隠し、前には幻影、例えば若い娘の姿を見せ、油断させては背後から襲う。
その昔、鉄砲のうまい若者に退治されたが、その若者は、恐ろしさのあまりに最後は狂死してしまったという。昭和四十九年には目撃者が出て少し話題となった。

  • こげの耳に★ねんぶつ★」と題された個人ブログによると、平成22年(2010)に串本町の読売新聞販売店が新聞折り込みで配布した「重畳山の牛鬼退治 伝承民話より【串本町(旧)古座町の民話】」というチラシにこの物語が掲載されていたとのこと。同ブログを参考に、当該物語を引用する。

熊野灘をはるかに見下ろす重畳山は旧古座町古座川町にまたがる標高三百一メートルの山でその裾野はゆるやかに広がっています。
この山は、むかし紀南地方の「女人高野」とも呼ばれ、今から千百年あまり昔の嵯峨天皇のころには、弘法大師も山頂にこもって修業しており、現在も残されている神王寺の開基となったといわれている聖地です。
ところが事もあろうに、その聖地にいつの頃からか魔物がすみつきました。
全身真っ黒い毛におおわれた牛に似た巨大な怪物で、重畳山をゆり動かさんばかりに「ウォーッ、ウォーッ!」と吠える声は、不気味に山から谷へこだまして、村人たちを恐怖のどん底に突き落としました。
おまけに、山の中でこの怪物に出会ったが最後、うまく家に逃げ帰れたとて、その日から高い熱をだして、遂には狂い死んでしまうのです。
それでも、村の人達にとっては、山は大切な場所で四季おりおりの山菜を摘んだり、マキを取ったり畑を切り開いて作物を植えている人もあって まるきり寄りつかないわけにもゆきません。
・・・なんとか怪物を退治しなければ・・・と何人かの人が考えたのも無理のないことです。
けれども怪物退治に出かけた人は、誰一人として帰ってきませんでした。
みんなあの重畳山の怪物にやられたのです。
この噂はパッと広がり、もうこの頃では誰一人として山に足を踏み入れようともしません。
重畳山の牛鬼・・・と聞けば、泣く子もピタリと黙ってしまうほどで もう村はさびれる一方です。
このころ、麓の村にめっぽう鉄砲の上手な若者が住んでいました。
村の人々の難儀を見てなんとか怪物牛鬼を退治してやろうと、その機会を狙っていたのです。
まず化け物について、いろいろ知っておかなければなりません。
そこで村の老人達の間を尋ね廻って、化け物のことを教えてもらいました。
なんでも化け物は、相手の後ろの方に本当の姿を隠し、前の方でいつわりの姿を見せる事が多いそうだと分かりました。
ですから誰でも前に現れた姿に気を取られている間に、後ろ方からガブリとやられてしまうということです。
化け物や怪物を退治するときには、いつも自分の背中の方に注意しなければならない・・・、という事を教えてくれた老人もいました。
若者はあれやこれやらと化け物の知識を頭に入れ、いよいよ牛鬼退治にかかることになりました。
食糧もどっさり持ち、愛用の鉄砲と笛をもって山に出発したのです。
村の人達は・・・危ないからやめなさい・・・と、何度も止めたのですが、若者は一向に聞き入れようともせず、とうとう山に出かけました。
うっそうと茂った原始林は、行けども行けども果てしなく、とうとう山深いところで日はくれてしまいました。
若者は手ごろな土地を選んで、マキを集めて火を燃やし、持ってきた大きな握り飯をパクついている時、急に風が吹いてきたのです。
その風はなんとなく生暖かで、一寸薄気味悪くなってきたので若者は、腰から愛用の笛を取り出して吹きはじめました。
静かな山の中に、笛の音は高く低く、またある時は流れる雲のようにゆったりと、ある時には小川の流れるせせらぎの音にも似て、美しく響き渡りました。
するとその笛の音に誘われたかのように、若者の前に美しい娘が姿を現しました。
かすりの着物を着たその娘は「たしかにこの辺りから美しい笛の音が聞こえたが・・・」と、探していました。
この時、若者はハッと気がつきました。
村の老人が教えてくれたのはこの事だと気がつき、そこでソロリソロリと鉄砲を引きよせて弾をこめ、自分の背中の方へクルリと向きかえり一気に引き金を引きました。
「ズドーン」という音がこだますると「ギャーッ!」という物すごい悲鳴が聞こえてきました。
けれども若者はそれどころではありません。
鉄砲と笛を横抱きに抱え込むと、一目散にヤマを駆け降りてゆきました。
そして家へたどりつくと、フトンをかぶって震えていたのです。
なにしろ、何人もの村人をとり殺した怪物です。
うまく命中して死んでればよいのですが、手傷でも負うて、仇を討ちにやってこられては大変・・・と考えれば考えるほど気になってとうとう朝までマンジリともしません。

朝が来ました。
怪物はどうなったか・・・と牛鬼の正体を見きわめるべく、若者は昨夜のところに行ってみました。
すると谷底には牛鬼の死体はなく、枯れ木のような大きな骨がゴロゴロところがっていました。
けれども若者は気が狂ってしまったらしく「大きかった!大きかった!」と口走るだけでそれから間もなく死んでしまったという事です。

ところで、この重畳山で 昭和四十九年八月二十八日の正午ごろに、山口啓さんという人が逆八の字形の三十センチほどの角をはやした、口の周りが真っ赤な牛のような化け物に出会ったんですって・・・・・・。
ひょっとすると野生化した牛だろうという人もありますが、やはり熊野の深い山々は人間のはかり知れない謎を秘めている。
 

旧古座町の民話 - こげの耳に★ねんぶつ★

  • 先述の中島教授は、同じ連載の「其の五十五 すさみの怪異(2017.3.18)」においてすさみ町に伝わる牛鬼の話も紹介している。

一方、周参見川の上流、上戸川(こどがわ)にある広瀬渓谷の琴の滝には、滝壺に牛鬼(うしおに)が棲んでいるという。
上戸川の牛鬼は、人の影を喰らう怪物で、影を食べられた人は死んでしまうと恐れられていた。
困った村人達は、正月に牛鬼にを供えるようにしたところ、酒好きな牛鬼は喜び、以降は人の影を食べなくなったという。
琴の滝のすぐ下流には「午鬼の滝」があるが、牛と午、字は似ているものの双方の関係は不明だ。
影を食べる牛鬼の話は、すさみ町内にいくつかあり、例えば、佐本の奥にある宮城の牛鬼も琴の滝とほぼ同じ話だ。
佐本は古座川流域の集落だが、下流の古座川や重畳山(かさねやま)の牛鬼とは性質が異なっているのに、山を越えた上戸川と同じであることは興味深い。
後に佐本が古座川とではなく周参見と合併されることを、牛鬼が時を越えて予見していたかのようだ。

アルム=バンド @Bredtn_1et
[パターン4]続いては和歌山県周辺のパターン。和歌山県の牛鬼だけでも幾つかバリエーションがあり、その特徴を大別すると(1)「人の影を舐める」といわれる(2)その姿を見ると病気になる(3)人を助けたという伝承を持つ(4)その他、といった感じになるであろうか?
2012-01-01 01:29:03

アルム=バンド @Bredtn_1et
まず(1-1)和歌山県西牟婁(にしむろ)郡すざみ町の琴の滝に住む牛鬼は人の影を食べ、食べられた人は必ず死ぬ、という伝説がある。ただし、牛鬼は酒が大好物なので正月にお酒を供えると村人の影は食べなかった、といわれたりもする(『日本伝奇伝説大事典』)。
2012-01-01 01:29:10

アルム=バンド @Bredtn_1et
(1-2)西牟婁郡日置川(ひきがわ)町の日置川上流にある牛鬼滝では、昔釣りをしていた人が牛鬼に影を食べられたところ、真っ黒焦げになって死んだため、今でも人はそこで魚を獲らないという(『日本伝奇伝説大事典』)。
2012-01-01 01:29:16

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(2)に関する話としては、和歌山県熊野地方では一種の有蹄類といわれる牛鬼が伝えられ、山中でこれを見ると牛鬼は人を見つめて去らない。そのため、ついには人間の方が疲弊して死んでしまう、といわれる。これを「陰に飲まれる」といい、
2012-01-01 01:29:28

アルム=バンド @Bredtn_1et
こうなったときは「石は流れる、木の葉は沈む、牛は嘶き馬は吼ゆる」という逆さ事(実際とは逆のことを言う)を唱えると良いとされる(『日本民俗文化資料集成 8 妖怪』)。
2012-01-01 01:29:49

アルム=バンド @Bredtn_1et
あ、「陰に飲まれる」ではなくて「影に飲まれる」でした、誤字った。
2012-01-01 01:31:13

アルム=バンド @Bredtn_1et
(3)和歌山県西牟婁郡古座川町の三尾川谷牛鬼淵では、昔、上田又之助という青年が淵の近くまで来たところ、美少女が現れて食べ物を所望したため弁当を分けた。それから二ヵ月後、又之助は濁流に飲まれ牛鬼淵まで流されると、例の少女が現れ牛鬼の姿になって彼を助けた
2012-01-01 01:30:01

アルム=バンド @Bredtn_1et
が、牛鬼は人間を助けると生きていけないといい、忽ち溶けて血となって流れてしまったという伝説がある(『日本伝奇伝説大事典』)。
2012-01-01 01:30:04

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(4)この他にも牛鬼に関する伝承がいくつもあり、(4-1)和歌山県西牟婁郡古座町重畳(かさね)山で、昔ある若い鉄砲撃ちが笛を吹いていると美女が現れたが、鉄砲撃ちはそれを撃ち殺してしまった。すると、翌日から鉄砲撃ちは発狂してしまった、という伝説がある(『日本伝奇伝説大事典』)。
2012-01-01 01:31:44

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(4-2)和歌山県西牟婁郡日置川町里野の三崎海岸牛鬼淵があり、淵の水が濁っているときは牛鬼がおり、石を投げ入れると翌日には取り出して岩の上においてあるという。また、毎月23日の夜には牛鬼の泣き声がするという(『日本伝奇伝説大事典』)。
2012-01-01 01:31:50

アルム=バンド @Bredtn_1et
(4-3)和歌山県東牟婁郡本宮町野竹の大谷の上流の牛鬼淵ではとある家の先祖の者が淵の上手の田に牛を入れておいたら、その牛に、人参のような真っ赤な角で漆のような黒い牛鬼が襲い掛かってきた。この者は牛鬼に許しを乞い、以後神様として祀ることを約束したという(『日本伝奇伝説大事典』)。
2012-01-01 01:32:14

アルム=バンド @Bredtn_1et
(4-4)他にも、真っ赤な角で、足音は無く、壁に当たっても音を立てず、ゴムのように柔らかい牛鬼、というのも伝えられている(『日本伝奇伝説大事典』、『幻想動物事典』)、などなど。

2012-01-01 01:32:21

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本ページの内容は、昭和57年に和歌山県が発行した「紀州 民話の旅」を復刻し、必要に応じ注釈(●印)を加えたものです。注釈のない場合でも、道路改修や施設整備等により記載内容が現状と大きく異なっている場合がありますので、ご注意ください。