生石高原の麓から

和歌山の歴史・文化・伝承などを気ままに書き連ねています

堀越癪観音(かつらぎ町東谷)

 「和歌山あれやこれや」のカテゴリーでは、和歌山県内各地に伝わる歴史や伝承などを気ままに紹介していきます。

  前回は飛鳥時代に活躍したとされる呪術者・役小角(えんの おづぬ/えんの おづの 「役行者(えんの ぎょうじゃ)」とも)の母が没した場所と伝えられる「墓の谷行者堂(はかのたに ぎょうじゃどう)」を紹介しましたが、今回は役小角が母親の病気平癒を祈願して彫ったとされる仏像を本尊とする「堀越癪観音(ほりこし しゃく かんのん)」を紹介します。

 堀越癪観音は、「串柿の里」として知られる和歌山県かつらぎ町四郷(しごう)地区にあります。
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 近年は国道480号が改良されて「道の駅 くしがきの里」が設けられるなど一気に大阪府南部からのアクセスが便利になりましたが、かつての四郷地区は市街地中心部からかなり離れた「知る人ぞ知る」というような鄙びた集落でした。そんな地域の中においてすら、「堀越癪観音」は東谷と呼ばれる小集落の狭い道をさらに上り詰めたところにある、際立って辺鄙な場所にあるお寺として知られています。

 しかしながら、下記で紹介するようにその本尊の由来から癇癪(かんしゃく)や腹痛に霊験あらたかな霊場として知られており、現在もなお多くの参詣者を集めています。また、近くには手頃なハイキングコースもあり、山歩きを楽しむ人々も多く訪れる場所となっています。

四郷地区(地図は国道480号改良前のものです)

 この寺院は、前回紹介した「葛城28宿」と呼ばれる修験道の行場のうち第12番経塚第13番経塚の間に位置しており、本堂に祀られる本尊の十一面観世音菩薩は、役行者(しゃく 原因不明の急激な腹痛)の平癒を祈願して一刀三礼(ノミを一回入れるたびに、三回の礼拝を行う)のもとに彫刻したものであると伝えられています。この本尊について、同寺の公式Webサイトに掲載されている縁起によれば、天正13年(1585)の豊臣秀吉による根来寺攻めの際に同寺の伽藍も炎上して一時行方不明になったものの、慶長年間(1596~1615)に泉州大津之浦で発見されて再び同地に安置されたと伝えられているようです。

紀州堀越癪觀音略縁起

當山御本尊秘佛 十一面観世音菩薩
天智天皇の四年 
役ノ行者神変大菩薩 葛城開峯の砌
御母公癪の病となられし時
三七日間 祈願の誠を凝らし
一刀三礼のもとに彫刻されし霊像 是也
燈明ケ嶽に菴を営み 安置祈念したる処
忽ちに御母公の病 平癒せられたり
爾来 世に癪除け観世音菩薩と称えられ
効験利益を求むる衆 日毎に増え発興せり
其の後天正年間 根来寺兵火に炎上せる時
峯を越えて来攻せる軍兵のため 伽藍悉く焼亡せり
信心の人 御本尊を火中より移すと云うも
爾後尊像の行方知れずとなりぬ
然るに 時移り慶長年間に至りて
堀越村に 喜平次という者あり
積年癪痛に困苦すること甚だし
予てより観世音に救いを求め居りしが
或夜 観世音菩薩 夢に現れ
信心の誠篤き其の方 我は泉州大津之浦の茅屋にあり
 我を迎えて諸人の癪難を助けよ
と霊告あり
夢より覚めて 有り難き奇験の思いに
直ちに 大津之浦に訪ぬるもせ
唯波音計りにて人影なし
夕暮れ近く 詮方なく立ら帰らんと思う折
霊人忽然と現れ 御手に捧げし光明赫々たる観世音を示し
急ぎ迎い奉れ
と云いて消え給う
其の台座を看るに 堀越癪除観世音と書付けあり
夢は眞也 しかと地に伏し拝みて
尊像背に負いて 随喜の涙流しつつ
我が家に帰り 草菴に安置す
以来癪観音の御威光再び輝き
其の御名遠くに聞こえ 参詣の人多し
霊像いまに信心の人に霊験を顕わし
御利益を戴き 病難をのがれる人あとを断たず
古き縁起云う
寺号を賜り観世音と号す
この観世音菩薩を信ずる者 癪の病難を除き
福徳自在にして 二世の安楽諸願成就を得る
その御誓願 誠に有り難き霊縁なり
又曰く
慶長再建以来 毎年聖護院御殿 並びに
葛城大先達の御法所 として
国家安穏の修法の霊跡也と

紀州堀越癪観音

 この縁起では、慶長年間に再建された後、聖護院(本山派修験道の総本山)並びに葛城大先達(先達(せんだつ/せんだち)は修行を行う修験者を先に立って導き指導する者のこと)の御法所(宗教行事を行う場所)として用いられてきたと記されていますが、これらの行事は現在も引き続き行われているようです。
癇癪・腹痛に霊験あらたか 紀州 堀越癪観音 初会式

 また、上記縁起では慶長年間に喜平次という人物が観音像を発見した後に草菴に安置したとされていますが、かつらぎ町のWebサイトによると江戸時代後期に編纂された地誌「紀伊風土記」には、同寺の建物は文治年間(1185~1190年)に建立され、慶長年間に修復されたとの記録があり、元禄14年(1701)の大日経箱が現存しているとされます。
堀越癪観音|見所|かつらぎ観光協会



 同寺に現存する建物は後世の建築ですが、このうち庫裏(くり)については江戸時代末期に建築されたものが良好な状態で残されており、令和4年(2022)に国の登録有形文化財となることが決定しています。
わかやま新報 » Blog Archive » 旧東山東農協事務所など 国登録文化財に

 さらに、 同寺の境内には樹齢400年を超えるイチョウの巨木と、樹齢200年を超えるサザンカの老樹があり、季節ごとに観光客を楽しませています。このうち、サザンカの老樹は県の天然記念物に指定されている貴重なものです。
高野山麓 橋本新聞 » 大銀杏から山茶花へバトンタッチ~堀越癪観音

 

 自動車で行くにはかなり狭い道を登っていくことになりますのでちょっと苦労しますが、堀越癪観音近くにある「堀越展望台駐車場」を起点にすれば、葛城28宿の12番経塚「護摩のたわ朴留 堤婆達多品(ごまのたわ ほおどめ だいばだったほん)」、燈明岳(857m 犬鳴山にも同名の山頂があるためこれと区別するため「東の燈明岳」とも呼ばれる)、13番経塚「向い多和 勧持品(むかいたわ かんじほん)」を巡るハイキングを楽しむことも可能ですので、興味をお持ちの方は一度チャレンジしてみてください。